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日本広報学会第27回全国大会で発表「メディアトレーナー育成研究に必要な視点とは」

メディアトレーナー育成研究に必要な視点とは

――公開動画の考察とAI活用の可能性――

 

原稿(口頭発表)2021石川慶子提出版

 

要旨:2016年4月から2021年7月まで報道された記者会見の解説について数値化して考察する試みを行った。筆者は実務家として、これまでメディアトレーニングの現場における課題や具体的トレーニングスキルについて発表を重ねてきた。社会で共有できるように解説を始めたが、人々はどう反応しているのか、解説のテキスト解析から得られることはないか、客観的に証明できることはないか、さまざま試行錯誤し、手元で解析できた数値やツールを使って得られた内容を発表する。

 

1.リスクマネジメント近年動向と広報

筆者が2001年からリスクマネジメントと広報の両輪で実務家としての活動を続けてきたのは、表現のリスクマネジメントが必須になると直感したからだ。歴史的観点から振り返る。リスクマネジメントは、グローバルで足並みを揃える動きが高まり、国際規格ISO31000として2009年に発行された。2014年には、日本の公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立法人)は、国内外の上場企業株式への投資を2割から5割へ引き上げたことから、上場企業の動向は全国民の関心時となった。2015年に金融庁と東京証券取引所が策定したコーポレートガバナンスコードは、取締役に対し各種トレーニングの必要性を明記した。本コードは本年6月に改正され、取締役会機能や多様性、サステナビリティなどの開示が強化された。2006年に施行された公益通報者保護法は、罰則が盛り込まれた改正案が2020年5月に公布され、2022年6月までに施行されることとなった。また、ソーシャルメディアの普及でネット炎上における攻撃の対象は企業だけではなく、タレントやオリンピック選手といった著名人、さらにはいじめ加害者など一般人にまで及ぶ時代となった。

PRの起源について猪狩誠也は、「ジェフーソンのように情報が与えられれば自らの知性で健全な判断ができるという人間観と、サミュエル・アダムスのように、人間は理性よりも感情で動くものだという人間観の両面がある」と指摘し、これをPRの「コインの表と裏」と指摘している。リスクに直面した場合にはそれが顕著に表れると筆者は実感している。自らのあらゆることが透明化、説明責任を求められる時代となり、それと共に表現リスクは企業や個人に必須となっている。広報実務家はプロスキル向上によって時代のニーズに応える必要があるのではないだろうか。

 

2.記者会見解説アクセス結果からの考察

そこで今回は、これまで筆者自身が発信した記者会見解説コンテンツへのアクセス数字から社会的関心事からの分析を試みた。対象としたのは、2016年から始めた「あの記者会見はこう見えた」コラムの60件、2018年から開始した「リスクマネジメント・ジャーナル」で取り上げた記者会見(28本)、2020年9月から開始した各分野の専門トレーナーと公開された記者会見を全体戦略から分析する動画解説「メディアトレーニング座談会」である。

 

アクセス数から把握できたことは、以下の4点である。第一に、限定公開でもニーズのある情報は発見されること。上位25件中、限定公開としていた文字のみのコンテンツが、1,2位を占め、さらに、全体の25件中8件であった。社会的関心の高い内容は限定公開でもアクセスされるのである。

第二に、服装への課題と解決コンテンツ「稲田朋美大臣のファッションチェック(2位)」「謝罪時の服装で失敗しないために(4位)」が上位にきたことから、服装で悩む人が多いと想像できる。メディアトレーナーは服装についての知識を身につける必要があるといえる。

第三に、Zホールディングスの事業戦略記者発表会が3位にランクされていることから、著名人へのアクセスが上位に来るとは限らないこと。限定公開では、「三田寛子」「稲田朋美」「円楽」「高島礼子」「JOC」「トランプ大統領」「日大アメフト」といった時事トピックスがアクセス上位であり、予測範囲内であった。しかし、動画チャンネルでは、ユニクロやトヨタ自動車、ソフトバンク、楽天といった著名企業や著名経営者ではなく、予想もしていなかった「Zホールディングス」の事業戦略記者会見会へのアクセスが圧倒的であった。なぜなのか。この時はヤフー記事配信直後でのアクセスが多かったことから、記事タイトルとの関連性があると考えた。「最悪のお辞儀、場違いネクタイ・・・Zホールディングス事業方針発表会の演出の拙さ」。損失回避性を実証した「プロスペクト理論」から考えると謎が解ける。人は目の前の利益よりも損失を回避する方を選ぶ行動特性を実験で指摘した理論である。「人間に限らず、動物には悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが組み込まれている」。このことから考えると、「お辞儀やネクタイごときで失敗をしたくない。その程度のリスクなら回避できる」といった心理が働いたと推察できる。トレーニングを組み立てる際にも必要な視点だといえる。理想を追求するのではなく、相手に対して「これでは損をする」と、損失回避の言葉を投げて存続本能に働きかける。「自分にもできそうだ」といった希望の言葉が有効なトレーニングに結び付くのではないだろうか。

第四に、発信者への興味、確認はされることが判明した。筆者プロフィール(6位)は、コラムでは謝罪時の服装の次にアクセスが多かったことは意外な発見であった。「何が」といった発信内容だけではなく、「誰が」発信しているのかも見られている。また、実績や専門性も重要なコンテンツとなる。トレーナーは、自己紹介を効果的に行う必要があるといえる。

解明できていないアクセス現象としては、GMO熊谷社長について「表情が見えないリスクをもたらす髪型」に関する解説動画へのアクセスである。公開前(限定公開)であったにもかかわらず1週間で385アクセスあった。ヤフー記事アップ後でも563であることからすると、記事よりも限定公開の時点での波及力があったということだ。メディアトレーニングの現場で髪型による印象変化、表情が見えないリスクと改善方法を提案すると「考えたことがなかった」といったコメントが多いことを掛け合わせると、「意外な指摘」として受け止められた可能性がある。表情や髪型についての解説に焦点を当てる分析を今後も複数発信し、比較研究をしていく。

単純なアクセス比較だけであっても、現場の実態と掛け合わせて考察を深めれば人々の情報へのアプローチ方法や感度を確認できた。

3.テキストマイニングから確認できたこと

2020年9月から実施した「メディアトレーニング座談会」では、12件、85名、1170分の会見を各分野の専門家と共に解説した。記者会見の全体戦略、立居振る舞いやジェスチャー、表情や声のトーン、服装や着こなしといった観点からである。メディアトレーニング座談会と記事をリンクさせたテキスト記事11件、20,964文字を対象にテキストマイニングの結果、キーワードクラウドと名詞の頻度は図2の通りとなった。

「演出」「メッセージ」「質問」「全体」「力強い」「工夫」「ボディランゲージ」「表情」「原稿」「服装」を繰り返していたことからリーダーに求められる表現力についてこれらのキーワードで語っていたことが検証できた。

実務家は、今ここで起きている問題に向き合って全力投球するのが仕事である。経験に基づく直観でカウンセリング、コンサルティング、コーチング、トレーニングを使い分ける。テキスト化できればある程度の解析ができることは判明できた。しかし、記事の中で解説している改善策はキーワードとして挙がってこない。課題はある程度カテゴリー化できて頻度は高くなるが、改善方法は企業の立ち位置、人によって異なるからだろう。ここにAIの限界を感じた。過去は分析できても未来に向けての答えは持ち合わせていない。未来については私たちが考えなければならない。

 

4.AI活用はどこまで可能か

人材育成の場ではAI活用が進んでいる。実態として動画のレビューはどこまでできるのだろうか。人材開発で最先端技術を提供していると思われるUMU(国内企業1万社が社内研修で導入)のAIコーチの機能でどこまでできるのかを実験した。この機能では、動画を撮影すると、流暢さ、明瞭さ、スピード、ジェスチャー、表情、アイコンタクトの6項目で表現力をリアルタイム評価し、語った音声の文字化やキーワード検出をする。筆者自身が実践したところ、最初の評価では、「スピード」だけが、3.9と極端に低い数字であった。そこでゆっくりと話す動画を再度撮影すると、4.4に評価をあげることができた。総合4.9とほぼ満点になった動画で、認識したキーワードは33%のエラー率であった。この矛盾をどうとらえればよいか。確認すると、「損失」が「素質」、「危険な情報」が「センナ情報」、「優先」が「有線」、「テロップ」が「トランプ」。聞き取りにくい発音であることは確かだ。気づきの参考にはなった。

しかし、鼻ばかりを触る癖のあるしぐさ、目線を落とす、「あー」「えー」といったフィラーを入れるといった改善が必要な動画をいれたケースでも高い評価が出た。このことから、微妙な表現は察知できないといえる。話の展開についての論理性はチェックするが、質疑応答のチェックはできない。評価軸についてはどうか。2015年に筆者が提唱した外見リスクマネジメントでは外見を、「表情(と声)」「服装と着こなし」「姿勢や体型」「歩き方や動き」「髪型やメイク」の5要素を定義した。本AIには、「服装と着こなし」「姿勢や体型」「歩き方」「髪型やメイク」の4要素はない。テクノロジーが発展すれば、表情が見える髪型か、服装はサイズが本人に合っているかといった判定は可能になるかもしれない。

今回の実験から、メディアトレーナー育成研究において求められる視点をまとめる。1.時事情報の事例から人は学ぶ。2.トレーナー自身の信頼を高める必要がある。3.AIツールは部分的に活用できる可能性がある。4.AIができない「質疑応答における矛盾の発見」「服装の基本知識」「髪型やメイク」「魅せる動き」をアドバイスできる能力開発は必要。5.訓練現場では「損失回避」の言葉は有効性が高いと思われる。

 

文献

猪狩誠也(2011)―日本の広報・PR100年―同友館.

ダニエル・カーネマン(2020)−−ファスト&スロー−−早川書房.

 

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