敵対的買収で世論を味方につけるには?
日本広報学会 M&A広報研究会でのレポート(2006年3月)
本テーマを選択した理由
2005年には注目すべき敵対的買収が2件あった。「ライブドア対フジテレビ」と「楽天対TBS」である。いずれもITベンチャーから仕掛けられた敵対的買収であること、買収される側は、これも同じく大手メディアであることから、この2つの案件を比較することで、ある一定の結論が得られるのではないかと考えた。
比較調査手法
2つの案件を比較するにあたっては、情報発信側であるライブドア、フジテレビ、楽天、TBSが公表しているニュースリリース、IR情報量と内容を収集した。次に情報を伝えるマスコミとして、日本の代表するメディアである全国紙を選んだ。なぜ、新聞なのかというと、新聞はメディアとしてもっとも歴史が古く、ジャーナリズムとしてのバランス感覚が優れていること、現実的側面からすると、縮刷版が存在し調査しやすいという理由からである。全国紙として発行部数が日本で一番多い読売新聞と2番手の朝日新聞、経済専門全国紙である日本経済新聞を選択し、社説内容の収集と比較を行った。さらに、受け手となる一般市民の情報収集としては、新聞のオピニオンや「声」欄では該当する投書が見当たらなかったため、インターネットでキーワード検索を試みた。
ライブドアとフジテレビの情報発信量は?
比較方法としては、まず、ホームページ上における単純な情報量から行ってみる。ライブドアは、2月8日の「株式会社ニッポン放送の株式買付けに関する記者会見のお知らせ」から、フジテレビと協議入りするアナウンスである、3月27日「株式会社フジテレビジョンとの協議について」まで、ニュースリリース2本、IRリリース10本、動画配信は「所信表明」として2月21日から3月11日まで合計8回放送、「時事放談」として2月28日から3月9日まで合計3回放送、外国人記者クラブでの講演と質疑応答(3月3日)、特別緊急声明発表(2月23日)、つまり13本の動画配信を2-3月に集中的に行ってる。また、3月8日には、動画配信した「所信表明」の書き起こし版をPCと携帯端末用に用意し、堀江社長所信表明特設ページとニッポン放送株関連情報特設ページも設置した。これに対し、フジテレビ側は、日本放送のホームページでは情報発信は皆無であり、フジテレビのホームページ上にあるIRニュースで、3月3日と3月28日に社長の一般紙定例会要旨が2回掲載されているのみで、唯一、3月28日にはライブドアとの協議入りについて情報開示している。
楽天とTBSの情報発信量は?
楽天とTBSの場合はどうか。楽天は、ニュースリリースとしては、10月13日「株式会社東京放送に対する共同持株会社化を通じた統合の申し入れと当社による同社普通株式の取得について」公式表明した後、TBS保有株を買い進めた報告として10月26日に「株式会社東京放送の同社普通株式の保有状況について」公表している。11月30日にはIRニュースとしてTBSとの覚書締結について情報開示しており、文書による公式表明は3回である。TBSは、13日の楽天からの攻勢に対し、ニュースリリースとして、10月18日に「楽天提案に対する検討チームの発足について」発表している。11月30日には、同じく覚書内容について情報開示をしている。文書による表明は2回であった。よって、楽天対TBSの場合には、双方とも情報発信量は同程度であり、決して特別に多くはなかった。
4社の情報発信数を単純に数字で比較してみただけでもライブドアは圧倒的な発信数であり、なおかつ、開示手法が動画を使ったダイレクトな訴求手法を用いている点が際立っているといえる。
新聞は敵対的買収をどう見たか
次に新聞社の社説を分析してみたい。社説は、新聞によるその時々最高と考えた結論である。執筆は十数人から最大30人前後の論説委員によって行われる。選定されたテーマを担当する論説委員による主張を全員討議する。それにより疑問点、解答、選択肢などが洗いざらい示され、論旨が洗練され、最後に委員長が最終方針を決定する。新聞社としての公式見解といえることから社説を選んだ。
各社ともライブドアの際には、2月から3月にかけて4本の社説を掲載し、楽天の際には1本ずつの掲載であることから、ライブドアによる買収に対して大きな関心を寄せていたことがわかる。各社の論調を分析の結果は非常に興味深いのでここで簡単にまとめておく。
読売新聞は、最初の社説では「世界では昨年、1兆9000億ドルものM&Aが実行された。多くは友好的なM&Aだが、14%は敵対的だった」とし、「経営者は敵対的M&Aへの備えを固めるべきだ」という論調で、企業はM&Aに備えよ、と経営者に警鐘を鳴らす内容であったが、2本目の社説では、「こうした状態を放置すれば、ライブドアの手法をまねた買収が相次ぐ事態が懸念される」とライブドア手法と法の不整備への危機感に変化し、後の2本は「放送局は、国民の共有物である電波の割り当てを受けて業務に当たっている。報道機関でもあり、その公共的性格は決して無視できない。ライブドアからはそうした公共性への使命感が伝わってこない」「マネーゲームの最終章は新聞やテレビを殺すことなのか。残念だが、既存メディアの役割を全く理解していないとしか言いようがない。権力を監視し、社会の不正を暴き、公正な世論を形成する。新聞や、放送のニュース部門は、その精神で取材・報道に心血を注いでいる。官庁や企業の発表、発生した事件を垂れ流すだけでは、ジャーナリズムとはいえない。隠れた真実を探り出し、必要な関連情報とともに提供することが国民の『知る権利』に応えることになる。」「マネーゲームで『経済的価値』を追求するのは自由だ。だが、ジャーナリズムの基本精神は、“マネー追求”とは違うところにある」と今後の展開に危惧を抱いている。問題提起、批判精神が生きているという点でジャーナリズムが生きていると感じられる。
朝日新聞は、常に批判的な視点を持っているはずの朝日には珍しく、4つの社説はいずれも堀江応援論調であった。1本目では「じっくりとメディアビジネスに取り組んでもらいたい」2本目に至っては明らかに堀江氏支持で「不法な乗っ取りのように騒ぐのはおかしい」「堀江社長らの挑戦的な言動には批判の声が上がっている。それが無用な反発を招くのなら、結局は自分が損をするだけだ。目くじらを立てることはない」、3本目はさすがに偏りすぎの反省があったのか「堀江貴文社長は勝訴を喜ぶ前に、みずからが証券市場を軽んじた面がなかったかをよく省みてもらいたい」となるもの、4本目は「堀江貴文ライブドア社長は、報道機関としての重責を真正面から受け止めてもらいたい」やはり応援社説に戻ってとなっている。何事にも批判精神があるはずの朝日新聞がなぜここまで堀江氏を応援するのか全く理解しかねる。朝日新聞のジャーナリズムはどこに行ってしまったのか。
日経新聞の4本の社説は、ライブドア手法への批判→両社への批判→フジテレビ経営責任問題→ルール作りを急げ、と変化していく。最初の社説では「大量に株式を取得して提携を迫る例は欧米でもまれだ」とライブドアの手法に批判的論調であったが、2回目では「双方とも、適法かどうか議論があるような手段を駆使してしのぎを削る現状は以上だ」と双方のやり方のまずさを批判し、3本目は、資本関係のねじれを放置したフジテレビに対し「不正常な状態を放置した経営者の責任は重い」「企業買収のルールの不整備と当事者の未熟さを浮き彫りにし、TOBは後味の悪さを残して終わった」とフジテレビの経営責任を問題視している。最後は、「ニッポン放送株騒動では商法や証券取引法に様々な抜け穴があることがわかった。・・・・制度の抜本的見直しも必要だろう。公正な取引は投資家保護だけでなく、良い企業買収にもつながるだけに急がれる」と今後増加するであろうM&Aへのルール作りを早急に、という主張で終わっている。早く法律を作れ、といっても法律は必ず問題が起きてから整備されるものなのだから、当たり前のことを社説で論ずることはなかろう、と思う。新聞社の社説なのだから、企業のコンプライアンスやCSR,あるいはSRIといった視点でもっと論じられてもよかったのではないか。
楽天とTBSの攻防についての各社の社説は、それぞれ1本であり、論調の変化は追えない。一通り、まとめると、読売新聞は、楽天の手法について「強圧的な手法が、今後の提携交渉にプラスに働くかどうかは疑問が残る」とし、TBSについても株主総会の議決を得ていない買収防衛策を「中途半端な防衛策との印象は否めない」と両社の手法に焦点を当て、どちらに対しても批判的である。朝日新聞は、手法に対する論説が中心ではなく、内容に踏み込んでいる。楽天の100ページに及ぶ提案書は「検討に値する」としつつも、「放送と通信は違う」ことを三木谷氏は理解しているかどうか疑心暗鬼の論調である。ライブドアの時と比べると楽天には距離を置き、比較的冷静な内容であったと思う。日経新聞に至っては、「テレビとネットの垣根が低くなり、両者を結びつけることで、メディアに新しい展開が生まれる可能性を直視する必要がある」と締めくくり、楽天寄りの観点が垣間見える。
インターネットの検索結果は?
インターネットでは、Googleにて「ライブドアとフジテレビ どちらを支持」のキーワードでは、112件がヒットし、「楽天とTBS どちらを支持」では、21件がヒットした(2006年2月14日)。ヒットした情報の殆どがブログであり、ライブドアとフジテレビについては意見を見つけることができたが、楽天とTBSについては意見を発見することができなかった。この検索結果を単純に数を比較してみても、関心は圧倒的にライブドアとフジテレビの攻防戦にあったといえ、楽天とTBSについては話題にもなっていないことがわかった。
結論として
一連の調査から得た結論をまとめると、相当な量の情報発信をすると大手メディアにも注目され、世論も喚起できるということである。つまり、公式情報が数多く発信されれば、メディアも新しい動き、コメントとして紹介せざるおえないし、ネットでの情報流通は多くなる。また、報道回数が増えれば、一般世論も感心が高まるということだ。楽天の三木谷社長は、ライブドアによるフジテレビ買収手法は非常に役立った、と語っているが、残念ながら、ライブドアの広報戦略までは参考にしなかったようだ。楽天がライブドアによる積極的な広報戦略を真似ていれば、メディアの関心や世論喚起ができたのではないかと思う。私自身は、堀江氏はジャーナリズムの社会的役割を全く理解していないと思うが、企業メッセージをネットでダイレクトに発信する広報手法は評価したいと考えている。ただし、リスクもある。ライブドアの場合には、記者会見開催告知までをホームページ上で公開していたが、このようなアナウンスは媒体に所属しないフリーランスのジャーナリストにとっては大変ありがたい情報である一方、身元が明確ではない記者以外の人を大量に近づけてしまうリスクもある。さらに、ライブドアは2004年11月から「パブリック・ジャーナリスト」制度の活用により、既存メディアに頼らない世論形成手段を構築してきている点も注目に値する。「パブリック・ジャーナリスト」とは、ライブドアの実施するジャーナリスト研修を受講し、修了して試験に合格すると市民記者として登録することができる制度で、登録後は随時原稿投稿ができ、livedoor ニュースへの掲載についてはライブドアのチェックを通った原稿のみの掲載となる。採用された原稿については規定のポイントを支払うほか、月間を通じて反響のあった記事などに対しては、別途賞を設けて報酬を支払うとしている制度である。韓国ではすでに四万人の市民記者がおり、大統領選挙にも影響を与えるポジションを社会の中に獲得している。日本においても今後ブロガーや市民記者が世論形成に大きな影響を及ぼしていくことが予測される。したがって、記者クラブを中心とする既存メディアの記者だけではなく、フリーランスのライターやジャーナリスト、市民記者、ブロガーにも等しく情報を配信し、記者会見への参加や取材の機会を積極的に提供していくことが企業の広報戦略として重要になってくるのではないだろうか。
<添付資料>
Ⅰ.各関係会社プレスリリース掲載日、ならびにタイトル
(1) ライブドア
[プレスリリース]
2005.02.08 株式会社ニッポン放送の株式買付けに関する記者会見のお知らせ
2005.03.08 ニッポン放送株式取得に関する所信表明-携帯対応書き起こし版-公開のお知らせ
[IRニュース]
2005.6.16株式会社ニッポン放送の公開買い付け参加の結果に関するお知らせ
2005.3.27株式会社フジテレビジョンとの協議について
2005.3.25株式会社ニッポン放送の株式の取得に関するお知らせ
2005.3.23東京高等裁判所による抗告却下決定のお知らせ
2005.3.17株式会社ニッポン放送による新株予約権発行差止仮処分命令決定に関する抗告のお
知らせ
2005.03.14株式会社ニッポン放送からの異議申立てに関するお知らせ
2005.03.11株式会社ニッポン放送の第三者割当による新株予約権発行差止仮処分命令の決定に
関するお知らせ-今後の方向性について-
2005.03.11株式会社ニッポン放送の第三者割当による新株予約権発行差止仮処分命令の決定に
関するお知らせ
2005.02.24株式会社ニッポン放送の第三者割当による新株予約権発行差止仮処分の申立てに関
するお知らせ
2005.02.23株式会社フジテレビジョンを割当先とする株式会社ニッポン放送による新株予約権
の発行について
2005.02.21フジサンケイグループとの業務提携に関する当社の意向について
[動画配信]
・所信表明 2005年2/21,2/22,2/23,2/23,2/25,3/4,3/8,3/11(合計8回放送)
・時事放談:2/28-3/9(合計3回放送) 堀江貴文が、社内社外の人物と様々なテーマで放談
・外国人記者クラブ 3月3日 講演と記者会見
・特別緊急声明発表 2月23日
株式会社フジテレビジョンと株式会社ニッポン放送の共同会見を受け、弊社代表取締役社長兼最高経
営責任者である堀江貴文が声明を動画にて発表
[ニッポン放送株関連情報特設ページ]
2005.03.08
●堀江社長所信表明-書き起こし版-(携帯端末用)
●堀江社長所信表明-書き起こし版-
●堀江社長所信表明 特設ページ
掲載文
ニッポン放送株式取得に関する所信表明-携帯対応書き起こし版-公開のお知らせ
この度、2月21日(月)よりお送りさせて頂いております弊社社長 堀江の所信表明の動画に関しまして書き起こしを行い、PC端末および携帯端末向けへ配信することとなりました。
現在動画にて配信させて頂いておりますコンテンツを携帯端末対応にすることにより、弊社社長の所信をより多くの方へ正確にお伝えできればと考えております。
(2) フジテレビ
[IRニュース]
2005/05/23 株式会社ライブドア・パートナーズ株式譲渡および株式会社ライブドアへの第三者割当増資払込完了のお知らせ (100kb)
2005/05/02 社長の一般紙定例会見要旨(4月) (7kb)
2005/04/18 (ライブドアとの)基本合意のお知らせ (50kb)
2005/03/28 株式会社ライブドアとの協議について (7kb)
2005/03/28 社長の一般紙定例会見要旨(3月) (7kb)
2005/03/03 社長の一般紙定例会見要旨(2月) (9kb)
(3) 楽天
[ニュースリリース]
2005 年 10 月 26 日株式会社東京放送の同社普通株式の保有状況について
2005 年 10 月 13 日株式会社東京放送に対する共同持株会社化を通じた統合の申し入れと
当社による同社普通株式の取得について
[IRニュース]
2005年11月30日株式会社東京放送と楽天株式会社の覚書締結について[PDF 25KB]
(4) TBS
[ニュースリリース]
2005年10月18日 「楽天提案」に対する検討チームの発足について
[IR情報]
平成17年11月30日楽天株式会社との覚書締結について(発表)
Ⅱ.各新聞社社説掲載日、並びに社説タイトル
(1)読売新聞
・ 2月10日 ねじれを突いた敵対的M&A
・ 2月24日 投資家保護へ法整備
・ 3月9日 マネーゲームをやめる潮時だ
・ 3月24日 堀江氏のメディア観が心配だ
・ 10月15日 ネット企業の挑戦をどうさばく
(2) 朝日新聞
・ 2月10日 マネーゲームでは困る
・ 2月23日 いきり立つのではなく
・ 3月12日 ニッポン放送株主無視が裁かれた
・ 3月24日 堀江さん、荷は重いぞ
・ 10月15日 時代の波に乗れるか
(3) 日経新聞
・ 2月12日 投資銀行主導で加速する企業買収
・ 2月23日 M&Aの法整備を促す買収合戦
・ 3月9日 後味の悪さを残したTOB
・ 3月24日 建設的な企業買収促進へ早くルールを
・ 10月14日 楽天が突きつけた「放送と通信の融合」