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川崎市事例研究レポート

 2009年8月発行 日本広報学会「行政コミュニケーションの現状と課題」
シティセールスにおけるステークホルダー分析、
および広報関連部門調査から行政経営における広報機能を考察する 「川崎市事例研究」広報コンサルタント 石川慶子 (2009年5月執筆)

2008年は、行政において「経営」要素が盛り込まれる中、広報も経営的視点からその機能を見直す時期に来ていることを背景に、行政の広報部門に必要な能力や知識についてまとめた。今回は、前回調査において特筆すべき広報機能を持っていると感じた川崎市に焦点を当てた。川崎市では、2005年から目的・目標を明確にした決め細やかなシティセールス活動を展開しており、企業並みの戦略性と機動力があるといえる。これは、地方自治体における広報戦略、協働広報という視点から興味深い。今回の調査では、シティセールの背景、実際にどのように進めているのか、推進にあたって必要な力は何か、成功させるためのポイント、今後の課題は何か、を考察する。第二部では、シティセールスに直接関係はないが、企業においては一体化して行われつつある広報関連部門にヒヤリングを実施し、企業の広報活動と比較しながら、行政における広報機能について考察することとした。

第一部 シティセールスにおけるステークホルダー分析

1 シティセールス策定の背景は、地域イメージへの危機感

川崎市がシティセールスを策定したのは、2005年。この策定に先立ち、2004年に「シティセールス推進懇話会」が設立され、川崎市のイメージ調査を行っている。この調査で、川崎の地名からイメージするのは、重工業地帯や公害問題であることが明らかになった。実態はどうかというと、「公害問題は30年以上も昔の話であり、今はその問題克服のために培った技術力を背景に、世界的はハイテク企業や研究開発機能が集積する先端技術産業都市へと飛躍している」という。自分たち川崎市の実態と他の都市に住む人々からのイメージとのギャップを数字で目の当たりにしたことが危機感を生み出し、「川崎市の本当の姿を多くの人に知ってもらい、21世紀にふさわしい新たな都市イメージ作りを行う取り組み」としてシティセールスが策定された。
また、東京と横浜という大都市に挟まれているために存在が埋もれがち、地形も南北に細長いため北と南で意識が分断され一体感が醸成されにくいという地理的な難しさを指摘するコメントは川崎市民や職員等複数から取れた。いずれにせよ、危機感や問題意識が策定の背後にあるといえる。

2 最終ターゲットを意識した、きめ細やかなメディア戦略を立てる

シティセールス戦略プランは、10年計画であり、①対外的なイメージ向上、②地域の魅力再発見と市民一体感の醸成、③地域の魅力創出の三本柱の目標を掲げている。発信するテーマとして、①産業・研究開発、②芸術・文化、③スポーツ、④自然が重点戦略として設定されている。
いくつかの具体的事業の中で、われわれ研究会が協働広報の視点から注目したのは、川崎市の「イメージアップ事業認定制度」だ。イメージアップ事業認定制度とは、事業者や団体、市民から、川崎市の都市イメージの向上に貢献するプロジェクトを公募し、認定された事業に対し、経費の二分の一(最大50万円)の支援金を出し、市の広報媒体で事業のPRをするというものだ。
この認定制度は、平成17年度から実施しており、過去の認定事業としては、例えば、川崎ゆかりの映画上映会と川崎CMの募集、ラジオやぱどなどの一般媒体で川崎の魅力を発信する番組作り、小中学生からの映画原作募集による映画化と上映会、川崎オリジナルソング制作、川崎ロケ弁発掘など実にさまざまだ。おそらく内部職員だけで考えていたのではこれだけのアイディアは出ないだろう。
また、市民からアイディアを募るという発想そのものは昔からあるやり方ではあるが、川崎市がちょっと違う点は、メディアを最大活用していることだ。アイディア募集にあたっては、記者クラブではなく、独自のメディアリストを整備してメールニュースとして配信しているルートも使った。地域情報誌や名刺交換をしたメディアが約60件ある(2009年1月時点)。企業では通常数百件程度はあるので、それに比べれば少ないが、そもそも行政において記者クラブ以外の媒体を活用するという発想そのものがなかなか見受けられない中、独自リストを持っているという点は一歩先んじているといえる。これは非常に効果的だ。理由は、イメージアップ事業の告知だけでなく、メディアも自社のイメージアップ事業活用のためのアイディアを出すという好循環を生み出すからだ。

3 さまざまな形の「ハッピートライアングル」でバランスを取る

今回このイメージアップ事業に認定された2つの団体にインタビューをした。過去2回認定を受けているチネチッタエンタテイメントと慶應義塾大学放送研究会だ。
チネチッタエンタテイメントは、川崎駅近くにある南欧風の町並みのエンタテイメント街「ラ・チッタデッラ」を運営している会社だ。ちなみに川崎市は、1スクリーンあたりの映画観客数は日本一で、映画好きな人が多い。認定を受けた事業は、子供たちによる映画の原作ストーリー映画化プロジェクトと仮装パレード「カワサキ ハロウィン」に因んだオリジナルソング制作プロジェクト。オリジナルソングは、公募で決定した子供たち作詞の歌にタレントが曲とダンスをつけてDVDや広場で公開する。このように、チッタエンタテイメントの企画は、映画や音楽をテーマとしたものであり、川崎市に来て楽しんでもらうことを目的としているため、文化の街川崎としてのイメージアップを図るシティセールスの目的と一致している。一方、チネチッタエンタテイメントにとっては、川崎市イメージアップ認定事業として公的色彩を持たせて情報発信できることは市内外の人々への信頼感醸成に役立ち、プロモーションがしやすくなる。今や「カワサキ ハロウィン」は、地元商店街のほとんどが参加し、10万人を集客する日本でも最大級のイベントになった。企画力と実行力に信頼感が加わることで発信力が強化されている。
慶應義塾大学放送研究会の場合は、ラジオ局のかわさきエフエムが大きな役割を果たしている。かわさきエフエムの営業担当が放送研究会に「番組を持ってみないか」というアプローチがあったところから話がスタートする。番組を持つためには放送料がかかるため、かわさきエフエム側からの勧めでイメージアップ事業を組み合わせることになった。全部で26回放送となると40万円。事業では半額の20万円が支援金として使える。残りの20万円を放送研究会の学生5人が4万円ずつ負担すると1回の放送で各自2100円自腹を切ることになるが、やってみようということになった。番組内容は、川崎市のキーパーソンに大学生がインタビューするというものだ。川崎市、かわさきエフエム、大学生の三者による編集会議でゲストを決めていく。放送研究会の小泉祥平氏は「大学生らしさをどう出すのか苦しみましたね。最初は身近でがんばっている人をゲストにしたいという思いがありましたので、話題性のあるゲストを出して欲しいという市やラジオ局からの要望に時々ギャップを感じることはありました。でも、最終的な決定はこちらに委ねてくれました。また、川崎市のご担当者が、毎回放送内容を聞いてコメントしてくれるのでとても励みになりました。この仕事を通して、川崎市への理解や親近感は確実に深まったと思います。」と述べている。やはり、ギャップがあってもとことん話し合い、コミュニケーションを積み重ねていくことが理解や信頼構築の基本だといえる。
関わる全ての人がハッピーになることを「ハッピートライアングル」「Win-Win-Win」という表現をビジネスの世界ではよく使っている。このイメージアップ事業も「ハッピートライアングル」になれる仕組みを目指しているといえそうだ。チネチッタエンタテイメントの場合は、行政・企業・イベント参加者の三者、慶應義塾放送会の場合は、行政・メディア・大学生の三者がそれぞれハッピートライアングルになっている。異なる立場の三者がハッピーになれるような関係を構築することが、コミュニケーションのよいバランスを創り出し、事業成功の力になるといえそうだ。

4専門家を巻き込んだ効果的なメディアリレーションズを展開

川崎市シティセールスの実行方法で私が特に注目しているのは、積極的なメディアへの働きかけである。広告出稿や広報誌作成、記者クラブという枠からなかなか超えられない行政関係者が多い中、川崎市は、独自のメディアリストを作成する、メディアに出かけて説明するメディアキャラバンを実施する、PR専門会社を使ってアドバイスをもらう、単なる広告出稿ではなくより効果的なタイアップをする、といったことを実行している。
とりわけ、地域情報誌「るるぶ川崎」を発行したこと、早稲田大学広告研究会とコラボレーションした川崎市CM制作と「カンヌ国際広告祭」へ出品したことは、反響が大きかったとのことだ。「るるぶ川崎」は行政が発行する広報誌では掲載しづらい民間情報を中心に構成され、幅広い層からの支持を取り付け、川崎市のイメージが変わる大きな起爆剤となった。CMについては、内容が水質の浄化が進む多摩川にアザラシが百頭押し寄せる映像をニュース形式で伝えるもので、取り組みの面白さと映像の面白さが話題となり、各局テレビ局で報道されたという。近未来的な景観の川崎臨海部は「工場萌え」で話題になったが、この時のプレスツアーには19媒体が参加したという。
これらの取り組みは、たまたま成功したのだろうか。PR会社にいた私の経験からいわせてもらうと、これは日常的にメディアに働きかけるパブリシティ活動を継続的に実施することで好循環が発生する仕組みが出来上がった形である。パブリック・リレーションズ(広報)の中にはメディアリレーションズという分野があり、その中には、メディアオーディット、記者発表会、記者懇談会、メディアキャラバン、プレスツアーのほか、イベントやアンケート、CM、プレゼントや記念キャンペーンという仕掛けによってパブリシティやメディアタイアップという手法で記事を増やしていく手法がある。
こういった手法は、一般の大手メーカーが日常的に行っている活動であり、PR会社はより専門的なノウハウを持っている。この専門ノウハウを活用したところに好循環の秘訣がある。また、丸投げするのではなく、自分達もメディアキャラバンに参加するなど、一緒に活動しながら、ノウハウを身につけている点は大いに評価したい。このやり方は確実に自分達の財産となるからだ。

5 次の展開は海外広報

次のステップは、市外や日本ではなく、海外に向けての情報発信を行うことだ。さまざまな方法を模索している。海外への意識は、川崎CMのカンヌ国際広告祭出品や、後に述べる国連「グローバル・コンパクト」への参加によって布石を打っているともいえる。海外メディアとのリレーション作りをどのように行っていくのか、今後の動きも引き続き注目していく必要がありそうだ。

6 市外からの評価方法には課題が残る

シティセールスの評価方法については、試行錯誤が続いている。当初の数字的な目標としては、「市外からの良好な都市イメージの向上(よい、ややよいの合計)」を2004年時点の26%を2005年30%、2006年33%、2007年36%、2014年50%としていた。その後の継続的調査で、2006年は34%と目標を達成したものの、2007年は28%と落ち込んでしまった。これについては、「調査直前に川崎市での殺人事件が報道されたことが原因ではないか」と担当者は感じている。
一方、市内における市民意識実態調査では、「こらからも住んでいたい」が2004年時点で57%だったが、2005年62.4%、2006年67%、2007年69.8%と確実に上がっている。このほか、庁内ではシティセールスへの異動希望が多いことやビデオ素材への借用依頼が増えていることから、職員の意識は確実に変化していることを実感しているという。評価方法については課題が残る。
企業においては、広報部の定点観測として日経新聞の「企業イメージ調査」を利用することが多い。主要項目として、①企業認知②一流評価③好感度④広告接触⑤株購入意向⑥就職意向の6つがある。個別項目としては、顧客ニーズへの対応に熱心である、よい広告活動をしている、親しみやすい、営業・販売力が強い、センスがよい、個性がある、文化・スポーツ・イベント活動に熱心である、研究開発力・商品開発力が旺盛である、技術力がある、製品・サービスの質がよい、活気がある、成長力がある、新分野進出に熱心である、社会の変化に対応できる、国際化がすすんでいる、優秀な人材が多い、経営者がすぐれている、財務内容がすぐれている、安定性がある、伝統がある、信頼性がある、の21項目となっている。
日経新聞の「行政サービス調査」は行政サービスへの満足度、日本能率協会の「行政評価」は、行政全体への評価、日本広報協会による「自治体広報広聴活動調査」は、広報紙(誌)作成についての調査である。内閣府では昨年「自治体広報に関する調査」入札を行っているが、詳細発表はまだない。自治体イメージ調査は、今後の課題であることは間違いない。

7 まとめー川崎市シティセールスにおけるステークホルダー分析

川崎市シティセールスは、平成27年までの10年計画であるため、まだ最終的な評価はできないが、今のところ、好循環を生み出しているといえる。現時点における好循環のポイントをいくつかまとめておきたい。
まず、調査をした上で明確な目的と目標を設定するなどシティセールスプランそのものがよく練られていること。次に、PR会社や企画力のある企業など外部の専門家と連携していること。さらに、メディアへの働きかけにおいて、ツールを使い分けるなどパブリシティの手法を使いこなしていること、が挙げられる。
最後に、シティセールスにおけるステークホルダー分析をしてみたい。このプロジェクトにおけるステークホルダーの軸は6つある。メディアリレーションズの専門ノウハウを提供してもらうPR会社、実際に記事を書いてもらう報道機関、JTBやチネチッタといった企画力・実行力・予算を持っている企業、放送研究会や広告研究会といったセミプロ知識を持ち、時間もある大学生、イメージアップ事業に申し込んでくる市民団体や市民、PRセミナーや広報広聴主幹会議で連携している各事業課。さまざまなステークホルダーとの多面的関係をバランスよく行っていることが大きな力になっているのではないだろうか。

広報コンサルタント 石川慶子
第二部 広報関連部門への調査から行政経営における広報機能を考察する

1 調査の視点

企業では、広報部と言わず、コーポレート・コミュニケーション本部という名称で、企業のコミュニケーション活動を経営視点からまとめる動きが1980年代後半から広がってきた。この背景には、各部署がばらばらに各ステークホルダーとコミュニケーションするよりも、組織としてのメッセージを統一していき、組織としての体力や競争力を高めるために、経営戦略の中にコミュニケーションもマネジメント機能として組み込んでいくべきだという考え方がある。
川崎市のシティセールスがうまくいっている背景には、コーポレート・コミュニケーションと共通する何か別の力も働いているのではないかと考え、川崎市のコミュニケーション活動についてシティセールスとは直接関係のない部署にもヒヤリングすることにした。川崎の人々に根付き、連綿と受け継がれている理念のようなものを発見したいという思いからである。

2 CSRと広報

私が最初に注目したのは、「かわさきコンパクト」である。「かわさきコンパクト」とは、市民・企業・行政等が主体的に行動し、連携や人的ネットワークによって、課題を解決することを目指す考え方を理念として明記したものである。「かわさきコンパクト」を理解するには、CSRの考え方をみる必要がある。
CSRとは、「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)」の略であり、企業は、経済だけでなく、環境や社会にも責任を持つべきだとする考え方である。具体的には、労働慣行および公正な労働条件、人権、社会、製品責任の3つのバランスを重視すべきとしており、この実現のためには、企業を取り巻く関係者(=ステークホルダー)と良好な関係を築く必要があるとされている。
ステークホルダーとは、例えば、顧客、株主、取引先、地域住民、社員、メディアなどのことであり、広報セクションの中で、あるいは広報活動と連携して展開されることも多い。
さらに、最近ではCSRマーケティングという言葉も出てきており、行政と連携しながら、社員を社会貢献事業に参加させつつ、本業での売上にも結びつける発想も出てきている。
川崎市が参加した「グローバル・コンパクト」はこの世界的なCSRの流れの中で1999年に出てきたものだ。

2.1 日本の自治体として初めて国連の「グローバル・コンパクト」に参加

「グローバル・コンパクト」とは、国連が提唱しているもので、企業や組織のための自主行動原則。参加する団体は、人権、労働、環境、腐敗防止の4分野10原則を支持して実践しなければならない。川崎市は2006年に日本の自治体として初めて参加した。グローバル・コンパクトは、どちらかというと企業のCSR(社会的責任)の流れの中から出てきたもので、行政関係者は自分達には関係がないものとして捉えがちだ。しかしながら、今では、「社会的責任(SR)」のキーワードは企業だけではなく、あらゆる組織、人々にも求められるものとして広がりつつある。

2.2 「かわさきコンパクト」は、行政・市民・企業をつなぐ

「かわさきコンパクト」は、「グローバル・コンパクト」理念の市内展開として位置づけられたもので、市民・企業・行政等が主体的に行動し、連携や人的ネットワークによって、課題を解決することを目指している。
「かわさきコンパクト」は、企業などを対象とした「ビジネスコンパクト」と市民を対象とした「市民コンパクト」の2つから構成されている。(巻末補足資料1)
「ビジネスコンパクト」の9原則には、「環境」の言葉が何度も使用され、公害を克服して国際的な先端技術都市としてよみがえった街であるという自負が見える。「市民コンパクト」には市民としての責務を明記しているが、ここには新しい時代に求められることをいち早くキャッチするセンスがあることを感じる。
ちなみに、オバマ大統領も2009年1月の就任演説で「新しい責任の時代(a new era of responsibility)」という言葉を使って、国民一人ひとりの努力という代償を払い、政府が「米国の夢(American Dream)」に代表される約束を果たすとしている。
「市民の責務」を明記している点に、市民力を信頼する姿勢がみられる。

2.3 グローバル視点と地域視点を持つ

 「社会的責任」というキーワードで、市民・企業・国際社会がつながることで、持続可能な都市・世界に貢献できる都市になれるという壮大なコンセプトを持つ「かわさきコンパクト」は、これからの自治体のあるべき姿のモデルとなるだろう。次の段階で海外広報を課題としているシティセールスにもつながるはずだ。実際、グローバル・コンパクト参加により、海外からの視察が増え、国際性と先進性が高く評価されているという。また、自治体の場合にはどうしても地域だけに視点が行きがちだが、グローバルな視点を持つことで地域の特徴や魅力が浮き彫りになることも多い。海外展開を通じて養われる国際的視点から、川崎という地域の魅力を新たに発見できる可能性もある。
「かわさきコンパクト」は川崎市の理念を明記しているという点で、まさに企業理念と同じ位置づけになるようだ。企業の場合、創業精神や企業理念が言葉として明記され、そこを軸にして事業を展開していくことが多いが、川崎理念も川崎行政の大きな精神的柱になっていくのではないか。

3 クレーム対応と広報

企業においては、お客様相談センターやクレーム処理といった業務は企業コミュニケーションという視点からすると最前線の活動になる。このクレーム処理は一歩間違えると企業にとっては不買運動につながり、大きな打撃を与えるからだ。
米国の企業や大学・病院では、組織外のパブリックだけでなく、従業員からの苦情を受け付けており、対応する職位の人を「オンブズマン」「オンブズオフィサー」と呼んでいる。
日本においては、パブリック・リレーションズ(広報)の中における、カスタマー・リレーションズ(対顧客との関係作り)という分野として位置づけられている。
特に、食品メーカーなど身体に入るものや触れるものを取り扱う企業においては、広報セクションの中に組み込み、トップがすぐに対応できる体制を整えているケースもある。2000年に食中毒事件を起こした雪印乳業では、事件前は各地の苦情処理を地域単位で行っていたが、事件後は1ヶ所に集中させ、全国各地の苦情情報を一極に集中させ、毎日広報部長にその日のクレーム状況の報告を携帯電話に入れる体制にした。
果たして行政の場合、苦情処理はどのように行われるのか。

3.1 全国で初めてオンブズマン制度を導入

行政におけるオンブズマンとは、行政に対する国民の苦情を受け付け、中立的な立場で問題の解明と是正措置を講じる専門委員制度である。
日本では、川崎市が1990年に初めてオンブズマン制度を設置した。背景にはリクルート疑惑問題など一連の不祥事発生により、行政監視・職員倫理の確立について市民の関心の高まりがあった。‘開かれた行政’確立のために制度導入が決まった。導入にあたっては、市民フォーラムも事前に開催されており、今後市民ニーズが高まることが予測される、複雑化する行政組織への監視強化といった面から必要性が議論された。企業が不祥事に危機感を持ち始めた時期と同じ頃である。企業と同じスピードで市民ニーズや社会動向をつかんでいたことがわかる。
オンブズマンには行政全般の苦情申し立てを受け付ける「一般オンブズマン」と分野を限定して受け付ける「特殊オンブズマン」の2種類がある。川崎市の場合には、一般オンブズマンである「市民オンブズマン」と人権侵害に関する申し立てを受け付ける「人権オンブズパーソン」の2種類を設置している。事務局は8名、「市民オンブズマン」「人権オンブズパーソン」各2名、市民オンブズマンと調査員各4名、合計20名の体制であり、この部門を重視しているといえる。
ちなみに、企業におけるガバナンスを比較すると、企業では、経営陣の暴走や内部論理優先を防ぐために、消費者団体役員や大学の経営学や倫理研究所の教授を社外取締役に招く委員会設置方式による取締役会を採用するケースが増えている。
オンブズマン制度は全ての自治体にあるとは限らない。この事実には驚いた。サービス提供者がサービスへの苦情を受け付ける部門がないということになる。また、連絡先は、独立したオンブズマン事務局とは限らず、広報広聴課や総務課、市民相談課といった行政内部などさまざまだ。川崎市では、市の苦情処理制度としての市民相談制度は、広範な分野にわたる市民の苦情に対応できるものの調査権など法的権限が明確ではないため、的確かつ確実な処理が必ずしも果たされないという考え方で、行政から距離を置いたオンブズマン事務局を設置した。

3.2 苦情処理の流れ

苦情申し立ては書面で手続きを行うことになっているが、市民オンブズマンが聞き取りをしながら書面を作成することもあるという。その後、市民オンブズマンの指示の下、調査委員が市の関係機関に調査を実施。市民オンブズマンが解決策・処理方法を検討し、申し立ての結果を申立人に知らせると同時に、市の関係機関にも調査結果・改善要望などを書面にて知らせる。処理までの期間は3ヶ月以内を目指し、延びても半年以内としているが、まだまだスピードアップが必要だとしている。

3.3 市民目線からの意見表明であるべき姿を提示する

川崎市の市民オンブズマンは、苦情処理や調査ということだけでなく、市民オンブズマンが「発意に基づく意見表明」も行っている。内容は、例えば、保育行政のあるべき姿を説く、国民健康保険料が中間所得層に負担のしわ寄せがあることを指摘して改正を迫る、その他にも小児医療費助成制度、体罰・いじめなど子どもの人権問題についてなどについてこれまで意見表明してきている。2つの意見表明を紹介しておく。
一つ目は情報公開。川崎市では平成19年7月2日から要綱のほか要領等を含めて市のホームページで公表しているが、その背景には平成13年に市民オンブズマンから意見表明として出された「ホームぺージ掲出による『要綱』公表の可能性」があった。法令や条例を公表することはあっても要綱まで公表する事例は当時なかったが、オンブズマンが市民からの申し立てによる調査にあたって、市の関係機関から要綱が根拠に挙げてくることが多いため、市民に公開すべきであるという考えに至った。
二つ目は、保育行政についての意見表明。平成3年に出されたものであり、実に細かい配慮のある内容で、わかりやすく格調高い内容となっている。
「・・・・川崎市は、保育行政において既に多大の努力がなされてきたところであるが、上述のような時代の要請に応え、保育は、不足するものを補う福祉の視点だけでなく、人格形成の上で最も大切な時期にある学齢前の子どもを育てるという教育的視点も加え、保育行政について思い切った見直しをする必要がある。子育ては社会全体の責任であり、関係諸機関が幅広く連携して支援策を実施すべきであるとの認識のうえに立って、川崎市ならではの創意と工夫に満ちた、大らかで豊かな幼年時代のための保育の基本構想、いわば『川崎方式』の策定をお願いしたい。」とした上で、ならし保育の必要性や認可保育所への補助、第2子出産後の第1子保育問題への改善処置を促し、「・・・・のような問題を、柔軟かつ、心のこもった運用によって解決しなければ、育児休業制度の意義は、十分に生かされないであろう。」と締めくくっている。
理想的なオンブズマンのあり方については、「申立人の言葉はよく聞くことは大切だが、判断基準は申立人ではなく、一般市民の感覚である」という。これは企業の広報担当者が常に心がけている「一般社会の感覚を持ち続ける役割」に通じるものがある。このように市民の目線に立ち、行政に対して働きかける機関があるというのは、川崎市行政に対する市民からの信頼獲得に大きな力となり、川崎活力を支えているように感じる。

4 労働組合と広報部によるインナー・リレーションズのあり方

広報と労働組合には全く接点がないと思っている人は多いだろう。しかし、ここに組織内コミュニケーションのボトルネックがあると私は思っている。大規模な企業の広報部ほど、社内広報(インナー・リレーションズ)に力を入れている。その背景には、ここ数年に押し寄せた合併や企業グループ化があるといえる。カルチャーの違う2つの組織が合併するとさまざまな場面で摩擦が起きるからだ。M&Aという企業買収の際には、相手の労働組合へのメッセージ戦略はコミュニケーション戦略の中でも重要な部分を占めている。
また、内部告発による企業不祥事報道は年々増え続けているが、コミュニケーション不足が原因の1つに挙げられることも多い。さらに深く考えると、社内コミュニケーションの希薄化や内部告発の増加には労働組合の弱体化も原因としてあるのではないか、という議論もある。
企業の行っている社内広報は、リスク予防としての側面もあるが、一番の目的は社員同士のコミュニケーション活性化によって仕事へのモチベーションを上げることにある。企業の労働組合の力が弱まる中、行政における労働組合への取材を通し、行政におけるインナー・リレーションズの現状を確認しておきたい。

4.1 現在のメンタルケアは発生後、今後は予防対応が鍵

川崎市職員労働組合の活動では、労働条件の維持向上が第一目標となっている。各支部が職員の相談窓口になっている。相談案件としては、人事評価制度への不満、欠員による職務の多忙化・残業過多によるメンタルケア*1などが中心だが、現在の問題は、発生後のケアはあっても予防まで手が回らないとのことだ。
この予防の部分がまさに企業で社内広報が担っている部分ではないかと思う。つまり、メンタルケアの予防には、モチベーションを上げ、仕事を楽しむことが効果的だからだ。
人事による待遇改善、福利厚生によるメンタルケアとは別の切り口になるため、なかなか発想がわかないかもしれないが、仕事を楽しむことは、精神的な健康管理として必要なことである。シティセールスへの異動希望が多いのは、そこでは楽しく仕事ができるように見えるからではないか。現在、労働組合と広報部には接点がないとのことだが、組合と広報部がインナー・リレーションズという発想でメンタル面での予防につなげていくことができるのではないだろうか。

4.2 官制ワーキングプアを監視

「官制ワーキングプア」とは、指定管理者制度の下に働く人々の賃金が低すぎることによって生じる実態を表しているという。つまり、行政改革は、財政カットとほとんど同じであるため、入札についても基本的には安い企業が落札するシステムとなってしまう。組合としては、労働条件を守り、非正規雇用のワーキングプア問題にも目を向けるべきだとしており、入札のあり方について提言をしている。
入札にあたって、労働者の賃金が安すぎないか、女性を積極的に採用しているか、従業員の定着率は安定しているかどうか、といったことも入札条件にすべきだという。
これはもっともなことであり、企業ではガバナンスやコンプライアンス経営を語る際には、取引先企業のコンプライアンスにも目を光らせるべきだとする考え方が広まってきている。これは、サービスや商品の品質確保のためには必要な要素であり、企業では経営企画室やリスクマネジメント室、コンプライアンス室、CSR推進室など、経営層が取り組む課題となっている。
それにしても「官制ワーキングプア」というのは、マスメディアが好んで取り上げそうなキーワードである。ある企業の労働組合は頻繁に会社の公式会見を批判する記者会見を行っており、広報部を悩ませている。マスメディアにとって対立はニュース性が高い。広報セクションにとって、労働組合との情報交換や関係構築は重要ではないだろうか。ただし、関係を構築することで労働組合が組織内のガバナンス機能を失ってしまっては、組織の健全な発展にはかえってマイナスに働いてしまうだろう。適度な緊張関係を保つことが必要かもしれない。

5 議会広報

一般の行政広報と議会広報の連携について何らかの連携があるのかどうか、が取材対象にした理由である。
議会広報として行っていることは、議会中継や議会広報紙作成、議場見学会、ホームページ作成、パンフレット作成、地下街での掲示、テレビ放映などである。
議会中継については、インターネット中継(本会議のみ)を平成16年11月から開始しており、各区役所でのテレビ中継(平成20年から実施)よりも早く行っている。外を先に意識しているという点が面白い。
「議会かわさき」(年4回発行)の表紙は、建物中心から人を撮影した写真に変更した。「活力ある川崎」を前面に出すことが必要と判断したためという。議会広報紙の表紙を「活力ある川崎」を意識した点は、「個性と魅力が輝き、活力にあふれる都市」を目指すシティセールスと通じるものがある。
また、一般広報誌等を見て、議会広報誌も改善が必要と感じ、平成19年にアンケートを実施。その結果、一般質問、賛否状況について掲載の要望があったため、それまで掲載していなかった一般質問と賛否状況を掲載することに決定したという。当研究会で調査した犬山市では一般広報誌の中で、議会の動きを伝えている。議会広報と一般広報は行政広報の要でもある。行政における広報のあり方を語る際に議会広報を含めて考えていく必要があるのではないだろうか。

6 IR、および指定管理者制度について

川崎市のホームページは、日興のアイアールランキングで1位となっている(平成19年11月)。平成18年6月に地方自治体では全国初となる「川崎市IRポリシー」の策定を行い、リニューアルにあたっては企業のIRページを参考にしたという。平成20年10月に欧州へ海外地方債IR説明会に参加しており、今後は、海外投資家へ向けたホームページの整備が課題であるという。
シティセールスもIRも今後は海外に向けて情報発信していく段階であるとすれば、川崎の魅力発信のためにどのような取り組みをするのか注目していきたい。
川崎市は、行政サービスに民間活力を導入する指定管理者制度を積極的に推し進めている。指定管理者制度については、市民側からも理解を得る必要があるが、保育事業などについては、倒産リスクの伴う民間企業への移行に対して父母達から安易な導入には反対意見もある。川崎市の学童保育所が児童であふれている様子や保育園の突然の閉園について幾度か報道されることもあり、これらの報道は、シティセールスの視点からするとダメージの要素となる。これらのネガティブなイメージにつながる報道への対応は、リカバリーコミュニケーションとして展開されるべきであるが、シティセールス部門としての対応はなかったとのことである。この点も今後の課題ではないだろうか。

7 まとめーマーケティング広報と理念広報をバランスよく発信していくことが川崎ブランド確立の鍵

オンブズマン制度のいち早い導入や「かわさきコンパクト」「川崎市IRポリシー」の策定など、社会の動きを察知する感性は抜きん出たものがあるといえる。しかしながら、それらの先進的な動きが統合的に行われているとはいえない。これらの情報をシティセールスと連携させながら発信すると川崎市のイメージは飛躍的に向上し、他のさまざまなネガティブイメージは払拭されるであろう。メディアには、チャンジして失敗する人には寛大である、という特性があるため、指定管理者制度におけるさまざまな挫折もクライシス・コミュニケーションの基本手法を使った情報の出し方をすればネガティブには受け取られないようにできるはずだ。
また、最初の問題意識として、企業のような経営課題と結びついた広報機能が行政にあるのかどうか、については、シティセールスという一つのテーマについての綿密な広報戦略はあるが、経営全体を支える、企業でいえば「コーポレート・コミュニケーション」にあたる統合的なものは見当たらなかった。しかし、各部署からのヒヤリング調査では、「川崎精神」らしきものを感じた。それは、共通するものは、問題点を語る勇気、仕事への誇り、である。
現在おこなわれてシティセールスは、地域の魅力を訴えるため、マーケティング広報といえる。オンブズマン、かわさきコンパクト、川崎IRポリシーは、理念広報の分野になる。企業においては、「商品広報」と「企業広報」という言葉を用い、2つの視点で統合的なイメージ向上の広報視点を持った活動を行っている。「川崎精神」に通じる理念広報をマーケティング広報とバランスよく統合的に発信していくことで、川崎は他に類をみない強烈なブランドとして確立していくのではないだろうか。

注*1,
心の病で休職する人は10年前の4倍になっている。
「1997年度は調査対象800,695人のうち長期休職者は1977人で0.25%だったが、2007年度は対象760,322人の内、1.03%の7623人に増加。大怪我や疾病なども含む長期休職者全体の42.7%が心の病だった。警察官や教職者は除いた一般職を対象とした総務省外郭団体調査発表による。」(日経新聞2009年2月15日付朝刊


引用・参考文献

引用・参考文献
スコット・Mカトリップ、アレン・H・センター、グレン・M・ブルーム著 日本広報学会監修『体系パブリックリレーションズ』、ピアソン・エデュケーション、2008<調査先 2008年12月~2009年1月>
慶應義塾大学放送研究会
川崎市 オンブズマン事務局
川崎市職員労働組合
川崎市 市民・こども局 シティセールス広報室
川崎市 議会事務局 調査課
株式会社チネチッタエンタテイメント 広報宣伝部
川崎市 環境局地球環境推進室
川崎市 財政局資金課
川崎市 総務局行財政改革室

広報コンサルタント 石川慶子

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