執筆活動
企業経営を強化する 実践!リスクマネジメント講座

「月刊ISOマネジメント」(日刊工業新聞社)RMCAリレー連載 2009年4月~2011年4月
広報コンサルタント 石川慶子
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第3回

前回は、工場火災をケースに取り上げました。今回は、ここ数年相次いでいる偽装事件について取り上げます。

「社員がやった」は事態を悪化させるだけ

さて、2007年は「偽」の一年と言われるほど偽装事件が相次ぎました。偽装事件はいくつかありますが、学ぶべき教訓が数多くある船場吉兆を詳しくみてみましょう。「ささやき会見」ばかりがクローズアップされたため、何が原因で廃業になったのか覚えていない人もいるかもしれませんので、事件を振り返りながら失敗ポイントを分析します。
関西では高級料亭として有名な船場吉兆ですが、最初に発覚した偽装は、お菓子の賞味期限の改ざんでした。このときは、記者も消費者も「またか」という程度の注目度でしかありませんでした。ところが、偽装はお菓子にとどまらず、惣菜の賞味期限改ざん、産地偽装と次々に他の偽装が発覚しました。最初の失敗は、まずここにあります。1つ偽装が発覚したら、すぐに社内で他にもないかを調査して勇気をもって自主的に発表すべきなのです。「調査を開始した。結果は1ヵ月後に発表する」といったコメントで初期対応し、真摯に事実に向き合う姿勢を見せることが大切です。少しずつ報道されると報道期間は長引きますし、イメージは悪化していくばかりですから。最初に膿を出しきるのは、大変ハードルが高いことですが、これが出来ればダメージは最小限になり、かえって信頼が獲得できるのです。
次の失敗は、経営陣の最初の対応です。当初経営陣は、偽装は「パート従業員が勝手にやったこと」と主張していました。記者達はこの言葉を聞いた瞬間に何を感じるでしょうか。「ああ、幹部は知っていたな」「責任転嫁だ」「ちっとも反省してないじゃないか」「よし、徹底的に追及してやろう」と腕まくりをすることでしょう。彼らは不祥事に幹部が語る「社員がやった」という言葉はまず信用しません。作業そのものは社員がやったと言いたいのでしょうが、社員は通常誰かの指示に従って行動するものであり、指示に従わず勝手に偽装した場合であっても、勝手な行動を許した管理責任は経営者にあります。「社員がやった」「知らなかった」は通用しません。現実的には、最初の対応で経営者が「知っていました」とはなかなか言えないかもしれません。例えば、北海道銘菓「白い恋人」の賞味期限改ざんで、メーカーの石屋製菓トップは「社内では常識となっていた」と語っています。これならば、自らを含めた組織風土の問題の指摘であり、記者も人々も自らの所属する組織を振り返るきっかけになる言葉として重みがあります。

事前トレーニングでリスク要因を洗い出しておく

2ヶ月ほど混乱が続いた後、経営陣は一転してようやく12月の記者会見で自らの責任を認めることになりました。これで一連の偽装報道は収束するかに見えました。ところが、記者会見場で、新社長に就任した女将が、長男に記者への返答内容を小声で指示し、長男がそのままオウム返しする様子が報道機関のマイクに拾われてしまいました。この前代未聞の珍事に報道機関がこぞって会見模様を伝え、本来であれば静かに収束するはずの報道が反対に過剰報道へと流れてきました。ある記者は、「偽装内容はよくある話で大したことじゃなかったんだ。当初の予定ではそれほど大きく取り上げる予定もなかったのに、あんなに面白い会見をやってくれたものから、こちらも書かざるをなくなってきてね」と当時の様子を説明してくれました。
この会見は他にも問題点はありました。経営者でなく、弁護士に説明させてしまっていることはかなり心象を害します。しかも弁護士は1人ではなく、2人なので交互に説明するため説明内容に矛盾が生じないようにするのに余計が苦労がかかります。また、二人の弁護士は当事者ではないから、隣にいる当事者に確認しながらの説明となる。この光景は見ている人に違和感を与えます。「そこにいる当事者はなぜ自分で説明しないのか」と、かえって不信感を与えています。肝心の経営者は下ばかり見ており、反省しているのかと思いきや実は膝に置いた書類を読んでおり、しかもその場面をカメラマンに撮影されてしまう始末です。想定問答集は会見場に持参してもまず読んで回答する余裕などないので、基本的には持参しないことを私は勧めています。他人が用意した原稿をスムーズに話すことよりも、記者達の方をしっかり見て、たどたどしくてもよいから自分の言葉で話す度胸を持つ方が真摯な気持ちを伝えられるからです。しかしながら、お守りとしてどうしても持参したい場合もあるでしょうから、そのような場合にはむしろ堂々と机の上に置くべきでしょう。
歴史に残る記者会見となってしまいましたが、弁護士はマスコミ対応マニュアルなどをしっかり作り、事前に経営陣にも注意事項を説明していたと後に語っています。ところが、よくよく話しを聞いてみると、経営陣には説明だけでトレーニングは行わなかったそうです。最初の発覚から2ヶ月も経っていたのですから、ここでマスコミ対応の専門家によるトレーニングをする時間は十分あったはずです。記者会見の怖さを心底知っている専門家の指導の下、事前トレーニングをしていれば、リスク要因を洗い出せたでしょうし、経営者が自分の言葉で語れるレベルにまで持ってくることは可能だったでしょう。

組織改革のない再スタートが廃業の原因

では、この12月の会見の失敗が直接廃業の原因だったかというと実はそうではありません。この失敗会見を酷評されつつも、そのおかげで船場吉兆の名は全国に知れ渡り、1月の営業再開時にはむしろ予約で一杯となり、順調な再スタートを切ったかのように見えました。しかしながら、5ヵ月後に客の食べ残しを使い回していたことが発覚してからは、キャンセルが相次ぎ、とうとう同月28日廃業手続きを取ることになりました。これは何を意味するのか。船場吉兆の営業再開は、膿を出し切った再スタートではなかったということです。実際、営業再開のニュースを聞いたとき私は、早すぎる、と感じました。1ヶ月程度で再出発のための組織改革や体制建て直しはできないからです。特に偽装発覚事件の場合には、内部の人間関係や取引先との関係に問題がある場合が多いため、この内部コミュニケーションの問題を見直して改革しなければ本当の再出発はできないはずです。心から反省し、失敗の根本原因に向き合わなかったことが船場吉兆廃業の本当の原因ではないでしょうか。

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