執筆活動
企業経営を強化する 実践!リスクマネジメント講座

「月刊ISOマネジメント」(日刊工業新聞社)RMCAリレー連載 2009年4月~2011年4月
広報コンサルタント 石川慶子
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第8回

2011年3月11日の東日本大地震の直後にこの原稿を書いています。多くの方々の命がなくなり、毎日関連情報が流れるたびに心を痛めずにはいられない状態です。地震、津波に加え、原発事故が重なっていることが今回の震災を複雑にしていることは明らかです。それにしても、予防できない自然災害はさておき、原発事故については、様々な情報が後から出てくるたびに、予防できたのではないか、という思いが日増しに強くなってきます。このような未曾有の事故については各分野の専門家が分析し、事故を教訓として再発防止の提言をしなければなりません。私も微力ではありますが、今回の震災と事故をクライシス・コミュニケーションの視点から振り返ります。

緊急時はトップ広報で乗り切るべし

本連載の最初に、クライシス・コミュニケーションのポイントは「タイミング」「開示手法」「表現」の3つにあると説明しました。この未曾有の国家危機において、国の初期対応は適切だったのでしょうか。また、深刻な原発放射能漏れを引き起こしてしまった東電の対応はどうでしょうか。今回はまず首相メッセージから分析してみましょう。
 まず、首相官邸のホームページから分析してみます。3月11日に「東北地方太平洋沖地域地震菅内閣総理大臣記者発表」文を掲載していますが、時間が明記されていません。このような緊急事態においてはいつの時点の情報発信なのかが非常に重要ですので、私は必ず発表文には時間を記載することを推奨しています。内容そのものについては、①地震発生時間とマグニチュードの事実、被災者へのお見舞いの言葉、②被害拡大の恐れのある原子力施設状況の説明、③国民へのお願い、という3つの構成になっており、一見そつなくまとめてあるといえます。しかしながら、時間が明記されていないため、発表文中の「原子力施設につきましては、一部の原子力発電所が自動停止いたしましたが、これまでのところ外部への放射性物質等の影響は確認をされておりません」という表現に違和感を持ってしまいます。官房長官は11日午後の会見で、「16時36分」に福島第一原子力発電所で事故が発生したことを記者会見で発表していることから、時間記載のない先の発表文が陳腐化しているのです。
 そもそも、この国家的危機において、総理大臣からの第一報が「東北地方太平洋沖地域地震菅内閣総理大臣記者発表」というホームページ上の言葉であっていいものでしょうか。リーダーの肉声であるべきです。11日の午後は官房長官による記者会見があり、1日以上経った12日夜8時半にようやく総理大臣による初めての記者会見となっています。この大災害と原発危機を最初に説明するという重責を官房長官が担ったのです。官房長官の表情はこわばっており、相当なプレッシャーがかかっていたことは明らかでした。この間総理は一体何をしていたのでしょう。このとき国民に説明するという責任以上に重要な仕事があったのでしょうか。
12日早朝、首相はヘリコプターで現地視察をしていたとのこと。これについても違和感があります。組織トップが現場に駆けつける、あるいは現場を確認してから会見することはマニュアル上にはよく書かれていますが、今回のような原発事故を伴う大規模災害の最中、最初のメッセージを発信する前に現地に行くべきではありません。ヘリコプター一機であっても救命活動に向けるべきではないか、と思った国民は多いのではないでしょうか。ましてや爆発危険のある地域にトップが行くことは首相周囲や現場に余計な作業負担をかけることになります。このような危機時においては、トップはあちこち動かず、どんと腰を据え、皆が動けるように的確な指示と激励の言葉を発信していくべきです。

気持ちの共有をした後によびかける

いよいよ、12日夜の総理メッセージ。日本中が、世界中が注目していたことでしょう。内容は、①被災者へのお見舞いの言葉と自衛隊など救援活動者への感謝の言葉、②視察によって甚大な被害であると認識し、自衛隊を5万人に増員したこと、③被災地への救援態勢を進めていること、④福島原子力発電所が危険な状態にあるため避難勧告を出したこと、⑤オバマ大統領はじめ各国からの支援申し出受けていること、⑥復興について野党も一緒にやっていく姿勢を見せたこと、⑦国民へのお願いと復興の決意、とかなり多くの内容を盛り込み、漏れはなかったように見えますが、何か足りない。ちょっと冷たいと感じた方は多いのではないでしょうか。それは「悲しみ」の表現がなかったからです。
私も含め多くの国民のこの時の感情はあまりの多くの人々の命が奪われてしまったことに対する「ショックと悲しみ」でしたが、メッセージにこの部分の言葉がないため気持ちの共有が出来なかったのではないかと思います。
「どうか国民の皆さんに、この本当に未曾有の国難とも言うべき今回の地震、これを国民皆さん一人ひとりの力で、そしてそれに支えられた政府や関係機関の全力を挙げる努力によって、しっかりと乗り越えて、そして未来の日本の本当に、あのときの苦難を乗り越えて、こうした日本が生まれたんだと言えるような、そういう取組みを、それぞれの立場で頑張っていただきたい」。このメッセージについて、皆さんはどのように受け止めましたか?私が広報担当者であれば、スピーチライターがこの原稿を出してきた時点で書き直しを指示します。このような大震災と原発問題では、一人ひとりの国民が力を出す前に、強力なリーダーシップが必要だからです。たとえば、「今私たちは強いショックと悲しみのどん底にいます。しかしながら、私たちは立ち上がらなければなりません。私も力を振り絞って、国民の先頭に立ってこの災害に立ち向かう決意です。私は必ずこの国を守り、復興させることを誓います。政府も関係機関も全力を尽くします。国民の皆さんも共に苦難を乗り越えていきましょう。」と、悲しみの共有、自分が先頭に立つことを述べた後に国民への呼びかけにすると力が沸いてくるのではないでしょうか。
「まず、1人でも多くのと皆さんの命を救う、このために全力を挙げて、特に今日、明日、明後日頑張り抜かなければならないと思っております。」「しっかりと乗り越えて、そして未来の日本の本当に、あのときの苦難を乗り越えて、こうした日本が生まれたんだと言えるような」「私も全身全霊、まさに命がけでこの仕事に取り組むことをお約束して」、この辺りはとてもいいはずなのに、心に響かないのです。
そう、言葉だけでは伝わらないのです。言葉に命を吹き込むのはスピーカーですから、語る人が本当に心から思っているかどうかにかかってきます。トップたるもの、自分が思っていないことであっても期待されている役、国難を乗り切る強いリーダーシップを持った総理大臣という役、を演じきることも時には必要です。
また、目線をどこにもってくるかで伝わり方は格段に違ってきます。今回は目線がずっと会場の記者に向いているため、カメラを通して見ている国民に目線が合っていないのです。記者達の背後に記者や視聴者がいるのですが、この会見は、どの放送局も生中継です。国民の皆さんへの言葉であれば、記者席を見るのではなく、カメラ目線にすべきでした。目線が合うだけでメッセージの届き方は変わってくるからです。
今回の大震災では、しばらく記者からの質問を受けない、メッセージだけという形でした。記者からの質問を受けないのであれば、いっそのこと記者会見場ではなく、カメラ一台だけ用意し、国民向けにネットとテレビに一斉に同じものを配信するという手法もありました。トップを支える広報チームは映像効果を研究しもっと活用すべきです。

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