執筆活動
企業経営を強化する 実践!リスクマネジメント講座

「月刊ISOマネジメント」(日刊工業新聞社)RMCAリレー連載 2009年4月~2011年4月
広報コンサルタント 石川慶子
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第4回

模擬トレーニングで毎回ニーズが高いのが、個人情報流出のシナリオです。同じ個人情報流出案件でありながらマスメディアに報道されるケースとされないケースがあります。どこが分かれ目なのか、いくつかの事例を見ながら解説します。

記者会見をすべきか否か

この原稿を書いている年明け早々の個人情報流出案件を見てみると、「東京都の調査業務委託先会社から調査対象者への礼状宛名リスト(氏名・住所)20件が漏洩」「東建コーポレーションの社員が小平市内の土地所有者リスト(氏名・住所・土地所在地)165件を紛失」「高島屋が商品購入者のサイン入りクレジットカードレシート106件を紛失」「八千代銀行相模大野支店の社員が、顧客情報(氏名・電話番号)130件が記載されている手帳を紛失」「アメーバブログへ不正アクセス、芸能人の利用者IDとパスワード450件が流出」(以上、Security Next 2010年1月1日から5日までの掲載文)。たった5件ではありますが、ここから最近の傾向を把握することができます。
まず、東京都の20件にも見られるようにどんなに数が少なくても流出の可能性があるものは全てネット上の専門サイトでは公開されているということです。ちなみに、東京都の漏洩について都のホームページ上で報道発表資料としては存在していませんでした(1月6日時点)。流出経路については、アメーバブログの不正アクセス以外は、従業員の「紛失」という社員のうっかりミスになります。
では、あなたが記者であれば、この5件のうちどれを報道することにするのかを考えてみてください。社会的重要性から順番をつけるとすると、「アメーバブログへの不正アクセス」「高島屋のクレジットカードシート紛失」「八千代銀行の顧客情報紛失」「東建コーポレーションの土地所有者リスト」「東京都の宛名リスト漏洩」といったところでしょうか。実際、アメーバブログについては日経新聞などの全国紙の社会面で比較的目立つ形で報道されています。
一体どのような基準でマスメディアでの報道が決まるのか。記者会見していなくても報道されるのか、といった疑問が沸いてくるはずです。私もその種の質問はよく受けています。アメーバブログの場合は、いくつかの要素があります。ISOマガジン読者の方々は、アメーバブログと聞いてもピンとこないと思いますが、アメーバブログというのは、ブログ運営会社としては大手であり、特に芸能人ブログを多く所有しているということで多くの人々がアクセスしています。運営会社はサイバーエージェントという上場企業であり、なおかつインターネット広告では老舗大手で影響力があります。そこに犯罪である不正アクセスがあったとなるとニュース価値は高いのです。各種報道をみると記者会見の模様は報道されていないので会見を開いていない可能性があります。今回の場合、芸能人ブログにアクセスした人がウィルスに感染するといった悪質のものではなく、むしろ、芸能人と運営会社の会話が見えてしまうちょっと楽しめるおまけであったため一般への謝罪会見をしない判断をしたのではないでしょうか。被害者である芸能人にとってはいい迷惑ですが、会社の対応は不正アクセスのあった当日中に行われており、会社は一般の人々向けに謝罪会見するよりも最優先にすべきことは芸能プロダクションへの謝罪行脚と被害状況確認、補償であるはずです。

個人情報流出では、情報開示しすぎないことも大切

「高島屋のクレジットカードシート紛失」については、サイン入りであることとクレジットカード情報であることから、千、万となった場合には大きく報道される可能性はあります。今回のケースは、件数が少なく、106名への個別コンタクトは可能ですから、そこへの謝罪と補償に全力を挙げることになるでしょう。ただ、高島屋という老舗企業でのサイン入りクレジットカード情報紛失ですから、謝罪会見は行うべき内容です。実際、1月5日13時19分配信の産経新聞報道からすると、会見は行っていると思われます。今回のように犯罪性がなくうっかりミスであり、金額も少ない、紛失件数も少ないとなるとニュース価値は下がり、他の大きなニュースが優先されますので、ベタ記事(数行の簡単な記事)で終わるケースが殆どです。ただし、地方であれば地元新聞で大きく報道される可能性はあります。
「八千代銀行の顧客情報紛失」についても同様で、内容が氏名と住所であり、かつ件数が少ないため、ニュース価値は殆どありません。気になるのは、紛失が氏名と住所のみの顧客情報となっている点。記者は必ず疑いを持ちます。本当にそれだけしか書いていなかったのか?預金額や資産状況を書いていたのではないか、と。一般的に営業担当者は、顧客情報リストには何らかの書き込みをしているものではないでしょうか。では、本当に何か書かれていたら、正直に公表すべきでしょうか。ここで判断を間違えるととんでもないことになります。記者がしつこく聞いてきても、書かれていた内容については公表すべきではないこともあります。なぜなら、情報開示よりも書かれた個人の方々のプライバシーが優先されるからです。企業機密に関わることも公表すべきではありません。この辺りの判断は難しく、さらに言い方を間違えると「隠している」といった印象を与えかねません。公表できない場合にはその理由だけは説明しなければならないでしょう。

謝罪の言葉は5つの要素で構成する

「すみません、すみません、と何度も頭を下げているのに、記者たちはちっとも許そうとしない!」と憤る方をしばしば見かけますが、頭を下げればよいというものではありません。謝罪の気持ちを伝えるには5つの要素が言葉に含まれていることが必要なのです。よくあるのが「このたびは誠に申し訳ございませんでした」という言葉です。これは一体何を謝罪しているのか全くわかりません。理解できない内容では謝罪の気持ちは伝わりません。従って、許されることもありません。
謝罪を伝えるために必要な要素とは①事実認識、②反省、③後悔、④悔悛、⑤償いの5つになります。何を謝罪するのかポイントを絞ることが誤解や過剰謝罪を防ぎ、より的確に気持ちを伝えることになるのです。反省とは、何か悪かったのかを指摘して反省する姿勢を見せることです。後悔は、被害者への申し訳ないという気持ちやミスを隠してしまう組織風土、悪しき慣習への怒り。悔悛は、二度と起こさない決意。償いは、被害者への補償、自分への罰や組織としての責任表明などになります。このように謝罪は深い内省の言葉と冷静に状況を分析する言葉が伴っていなければならないのです。個人情報流出の場合には自社サイトに謝罪文掲載だけで済み事が多いのですが、ここで謝罪の仕方を間違えると批判メールが来ることがありますので謝罪の言葉は慎重に選ぶ必要があるのです。

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