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スタイリスト高野いせこ × 広報コンサルタント石川慶子対談

社長!そのスーツの着こなし方間違っています

社長のプロフィール写真撮影をはじめ、実際の取材や記者会見の設定、失言の回避や好印象演出訓練として「メディアトレーニング」と呼ばれるトレーニングがあります。私も広報コンサルタントとして、10年以上このサービスを提供してきました。中でも第一印象としての外見は大きな要素を占めるので、ここは決めたい、という撮影での演出でお手伝いいただいているのが、スタイリストの高野いせこさんです。広報において、わかりやすく説明することで「理解していただく」こと、失言を回避して「信頼を構築する」こと、その場にふさわしく高潔感ある服装で「好感をもたれる」ことは、3つの最大要素として私が最も重視していることです。ところが、ほとんどの男性はスーツのサイズが合っていませんし、前ボタンをかけていないが故にだらしなく見えてしまうことが実に多く、「社長、そのスーツの着こなし方間違っています。失言や表現力の前にまず服装見直しましょう」となります。今回は、外見リスクをマネジメントする観点から、ビジネススーツの着こなし方について高野さんと日頃話をしている内容を対談形式で掲載します。前半は、男性エグゼクティブの服装を、後半は女性管理職の服装をテーマにします。
 

軽視できない外見リスク、判断基準は女性の目

石川:外見リスクとは、中身が素晴らしいのに、その中身に合った外見ではないために、過小評価されてしまうことですが、まだまだ、「男は中身で勝負」と思っている方が多いと感じます。過小評価されるリスクに目を向けていただくためにはタイミングが大切です。普通の会議の時に指摘しても耳を傾けてくれませんから。取材が入る、カメラマンが来る、といったタイミングでお話をしないと。危機管理のメディアトレーニングの中でも私はよく話をしています。会社の不祥事や被害者がいる場合の記者会見の場でどのような服装をすべきなのかといった観点からです。「リスク」という観点でお話をするとようやく意識が向くようです。特にテレビが入ると記者ではなく、視聴者、特に女性の目に触れるために、女性がどう感じるか、が重要になります。企業だけでなく、テレビ局にも「あの服装は失礼だ」といった声が主に女性から届く時代ですから。ダメージ軽減のためにもどう見えているのかを認識することが外見リスクをマネイジする、何とかする、ということだろうと思います。
 
高野:おっしゃる通り女性の視点は大切です。少し前になりますが、私が取材対応した日経ビジネスアソシエの「6秒の闘いに勝つ自己演出術」特集の際に編集部が行った、働く女性200人に聞いたアンケートで、「男性のオフィスファッションについてどう思うか」という質問に対して、「だらしない外見ではダメ。不快感を与えない程度に装うべきだ」との回答が約80%でした。実際、女性社員からの評価を気にする経営者も増えてきました。最近もある企業のトップが、私の意見だけでなく、女性社員はどちらがよいと言っているか、と聞いてきますから(笑)。
 
石川:あるエンタテイメント業界の社長に私が初対面でお会いした時に感じたことは、「写真よりもずっと若々しい、色も黒くて男性的、言葉も勢いがあり説得力がある。でも残念なことに、エネルギッシュな感じが写真に出ていませんでした。この雰囲気をそのまま出すには、メガネと髪型を変えるだけでも大きく変化するだろう」。最初のコンサルティングでは、どのようにお感じになりましたか。
 
高野:紺のスーツはお持ちだと思いましたので、高級生地で華やかなスーツを持参しました。着心地を感じていただきたかったからです。明るい紺色に白のストライプスーツ、シャツは水色、ネクタイは紺色の無地。ハンガーにかけると派手に見えるスーツでしたが、社長が着た時には、派手というよりもおしゃれで粋な感じになりました。エンターテインメント業界であれば違和感なく着こなせます。
 
石川:あの時は、正直びっくりしました。高野さんはずいぶん派手なスーツ持ってきちゃったなー、と内心ドキドキしていたのです(笑)。でも、着用した感じは全く派手という印象ではなかったです。本当によくお似合いでした。色気がありつつも品があるというのでしょうか。社長も、着心地の素晴らしさに感心してらっしゃいましたし、「案外似合うなあ」と驚いていたのが印象に残っています。こちらの社長がテレビに出演するとなり、さっそく高野さんにお願いしました。
 
高野:テレビの場合は万人に好印象を持たれることを意識します。社長としての品格と知性、高潔感を表に出すために、シャツは白、ネクタイは紺色。社長はピンクをご持参でしたが、テレビですと色が飛んでしまう可能性がありますので紺色に変更していただきました。テレビはアップになることを前提にして、顔とVゾーンの作り方に注力します。社長髪型は分け目を変えました。最初は1:9くらいでしたが、ぼかしました。男性は髪が少ないので、「あまり変わんないんじゃないの」とおっしゃる方は多いですが、とんでもありません。一流の美容師に頼むとガラッと変化します。あきらめないでください。メガネは、もはや小物使いのレベルではなく、全身を決める大きな要素となりますから、メガネも変えていただきました。あのスタジオは足元も映るので、長い靴下を履いていただきました。案の定、他の出演者は、靴下が短すぎてすね毛が見えていました。
 

石川:確かに、お隣の方のすね毛が見えていたのには正直驚きました。足元まで気を使っていただき感謝です。社長は最初「あまりやりたくないんだ。でも広報が仕事だからやってほしいと言うから仕方ないよね」とおっしゃっていました。結果としては、出演者の中でレギュラー出演の司会者よりも格段に素敵な雰囲気を演出できたと自信をもっています。私たちが傍で外見のアレンジを全て完璧に手配したために、社長は安心して中身に集中できていたように見えます。番組終了後、社員の奥様方から、「なかなか社長かっこいいじゃない」という声が上がりました。女性社員だけではなく、男性社員の奥様の目もあるのだと感じます。
 

スーツはライン(形)が好印象のポイントに

石川:高野さんはいつも色よりはラインだと強調されますね。私もそれは大賛成です。ジャストサイズのスーツを着ている方を見ると気持ちがいいですし、精悍な感じを受けます。
 
高野:「自分に似合う色がわからない」「このスーツには何色のシャツやネクタイが合うのでしょうか」という相談をよく受けますが、ビジネススーツにおいては、重要なのは色ではなく、「ライン(形)」です。ちょっと乱暴な言い方ですが「自分の好きな色が似合う色」と言っても構わないくらいです。ただし、ビジネスシーンでは、正しいスーツから外れる色だけはNGです。やはり紺とグレー系のダークスーツが基本です。茶色やベージュ系のスーツを着る方もいますが、この色を先方に失礼なく着こなすにはかなりのテクニックを要します。「スーツは紺に始まり紺に終わる」と知った上で、アレンジを考えること。そして、何より大切なのは、自分の体形にあったジャストサイズのスーツを着ること。スーツは「肩と胸で着る」と言われるくらいですから、Vゾーンを体形に合わせた形で立派に演出すると引き締まった感じになり、かっこよさが引き立ちます。そしてポケットチーフとスーツの袖口からシャツが1センチほど見えると全体の色バランスがよくなり、清潔感がぐっと出ます。
 

中身にふさわしい服装をすれば正しい理解と信頼獲得が可能に

石川:最近男性ばかりの飲み会で、経営者のbefore afterでの変身写真を見せた時、「どっちがいいの?」と聞かれたのでびっくりしました。どちらがいいのか男性はわからないものなのだなあ、と。このような「わからない」といった感覚こそがリスクだと感じました。女性に「afterの方が女性には好印象」と言われて「そうなんだ」という反応でした。価値観や美的感覚が女性とは明らかに違うのだと認識した瞬間でした。どうゆう男性を尊敬するのか聞いたところ、持っているものが高価だと「すごい」と感じるそうです。つまり上等なものを身に着けていることがステイタスであり、女性からもモテると思っているようです。
 
高野:経営者のみなさんは、服も靴も上等なものを身に着けていらっしゃいますが、組み合わせが合っていなかったり、エグゼクティブらしい雰囲気を作れていなかったりということがあります。具体的には、上等なスーツを着ているのにサイズが合っていない、ネクタイも素敵なのに締め方が緩い、といったことがよく見受けられます。その結果、高品質なものが高品質に見えないというもったいない状況になっています。服装選びと着こなしはセットなのですが、高品質なものを購入した時点で満足してしまうのでしょう。惜しいですね。
 
石川:上等なものを身に着けているのに高く見えないのは、きっとバランスが悪いのだろうと思います。上等ではなくても体形に合ったスーツ、ネクタイの選び方、髪型によって素敵な雰囲気を作り出すことができるということをもっと男性の方には知っていただきたい。特にこれからはネット動画で自分自身を演出していく時代になりますから、画面を通して見た時に自分がどう見えるのか、好感度や信頼を獲得できているかどうかといった視点が必要だろうと思います。
 

自分自身を知り、着こなす力を身に着ける

石川:高野さんとは10年以上前からのお付き合いになりますね。印象深いのは、あるIT企業の社長が業界誌の表紙を飾ることになった時のことです。突然の依頼で、確か1週間ほどしか時間がなかったのですが、表紙となると一生残るので「失敗は許されない。これは、会社の信頼と評判を維持、いやいや上げるためにも、スタイリストとヘアメイクが絶対必要」と判断し、社長を説得しました。ところが、社長から聞いた首回り、肩などのサイズを高野さんにお知らせしたら、「どんだけ首が太い社長なの!こんなサイズはありえません。これじゃ用意できません。石川さんが測ってきてください!」と言われました。あの時は、逃げ腰の社長を必死に捕まえて、指定の時間に間に合わせるべく、汗をかきながらサイズを測りました。
 
高野:(笑)そうでしたね。自分のサイズを理解していない人が多いです。測り方もわからない方もいらっしゃいますから、私自身で測るのが一番確実なのです。ただ、あの時は時間がなかったので、石川さんに測り方をお伝えしてやっていただくしかありませんでした。
 
石川:「そこまでやらなくても」と腰が引けていた社長も、知人100人以上の反響があり、「業界誌なのにみんな結構見ているんだね」と、結果としては大満足でした。悔いのないようベストを尽くしてよかったと思います。ご本人の高い評判獲得にもなりましたし、会社のブランディングにも大いに貢献したと思います。
 
高野:あの時はIT企業の社長で、ネクタイは普段から着用しないということでしたから、ノーネクタイでもフォーマルな感じが出る襟の高いシャツを用意しました。お若く見える方でしたので、メガネを使って成功でしたね。落ち着きのある雰囲気が出ました。
 
石川:そういえば、撮影の合間に、最初に着ていらっしゃった麻シャツの着こなし方のアドバイスを社長にしてくださいましたね。社長が「へー、勉強になるね」と感心していました。
 
高野:麻のシャツを腕まくりして着ていらしたので、気になりました。麻は腕まくりせず、くしゃくしゃのままでいいので袖は長くして着こなす方がおしゃれです。どんなに高いもの、いい素材のものを着ていても、その素材に合った着こなしをしていないと素材そのものが持っている価値を表現することができません。服装選びと着こなしはセットなのです。
 

(2014年12月25日執筆 石川慶子)

高野いせこ氏プロフィール
スタイリスト
 
北海道出身。ピアニストを夢見て音大を目指していたが、高校3年生の時に行くべき道が違うと考え、転身。フェリス女子学院大学を卒業し、CMスタイリストに師事した後に独立。タレントの関根勤氏(2010年、理想の上司ランキング1位)、故中村勘三郎氏の専属スタイリストの他、俳優、野球監督、音楽家などの衣装を担当。1998年頃から、一般企業に目を向け、エグゼクティブのための服装演出を手掛ける「ビジュアルアイデンティティ」を提唱。これまでに自動車メーカー、銀行、IT企業、研修会社等のトップ、エグゼクティブ、管理職に対し、服装についての講演やアドバイスを提供。2014年からは、女性管理職・女性リーダー向けの服装アドバイスにも力を入れる。
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