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「外見リスクマネジメント」から企業風土改革~楽しくリスク感性を磨こう~

「経済広報」2015年10月号掲載

https://www.kkc.or.jp/plaza/magazine/201510_10.html?cid=8

「外見リスクマネジメント」から企業風土改革
~楽しくリスク感性を磨こう~

広報コンサルタント 石川慶子/日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 理事

 リスクマネジメントは組織的に取り組む必要があるが、仕組みだけつくっても運用する個人のリスク感性がなければ形骸化する。かといって、コンプライアンスを声高に叫んで、あれもだめ、これもだめ、これを守れ、では組織は硬直化し、雰囲気は暗くなってしまう。楽しくリスクマネジメントに取り組める方法はないだろうか、と考え続けてきた。メディアトレーニングを通して見えてきた課題を整理する中で、ひとつの可能性を感じたのが、今年から提唱している「外見リスクマネジメント」である。個人の外見リスクに焦点を当て、自分を客観視する訓練が積み重なれば、組織的なリスク感性を高めることに繋がるのではないか。服装、姿勢、歩き方やヘアメイクに目を向け、リスク感性を高める「外見リスクマネジメント」の考え方を解説する。

メディアトレーニングの現場から

 メディアトレーニングとは、言うまでもなく、カメラを通して自分を客観視する訓練で、報道陣の質問に適切に対応できる能力を育成することを目的としている。
米国では、大統領選でニクソンとケネディがラジオ討論とテレビ討論で結果が逆転したことから、イメージ向上のために、その必要性が認識された。日本では、大手食品メーカ-の食中毒事件の際、社長が報道陣に囲まれる中「俺は寝てないんだ」発言をきっかけに、危機管理広報の中でニーズが高まった。
メディアトレーニングは、平時のイメージ向上と危機管理広報の両面でその役割を果たすが、米国ではブランディング重視、日本ではリスクマネジメントでのニーズ、と発展のきっかけが違うのは国民性を反映しているようで興味深い。
10年以上にわたり、グループワークショップも含め4000人以上のメディアトレーニングを実施してきた私自身の経験の中から、会見を組み立てる広報部門の力量に焦点を当てて課題を指摘すると(1)リスク予測力、(2)メッセージ構築力、(3)外見演出力、となる。

リスク予測力とメッセージ構築力

 メディアトレーニングで予測すべきリスクとは、「分かりにくい説明で誤解を与えるリスク、失言で不快感を与えるリスク、その場にふさわしくない外見で違和感を与えるリスク」などである。そこを踏まえて担当者は準備を進め、振り返りにおいても、相手に与えた印象、客観的視点で評価する。伝えたかどうかよりも、伝わっているかどうか、といった評価視点が重要だが、「言いたいことが言えたかどうか」という評価項目を要望してくるケースは今もある。
メッセージ構築に当たっては、予防系リスク、半予防系リスク、非予防系リスクの考え方は、シンプルで現場では活用しやすい。不祥事系の予防すべきリスクが発生した際には、謝罪の言葉。サイバーテロなどの外部からの攻撃では、敵に有利な情報を与えない。自然災害など事前回避できない危機発生時には、被害者へのいたわりの言葉、といったメッセージの軸を組み立てられるからである。
この2点を確実にカバーした上で、外見演出も忘れてはいけない。なぜなら、記者は事実関係を取材する力はあるが、調査力を持たない一般市民は「見た目」で判断するからだ。

外見演出力

 外見とは、表情や視線、姿勢、しぐさ、服装、髪型、化粧といった非言語コミュニケーションの領域のことである。非言語コミュニケーションの領域は心理学では様々な研究がある。例えば、日本人は、顔面表情はあいまい度が高く、特に否定的な感情については抑制的である、外国人に比べて視線恐怖症状を示すため、相手を直視することが少ない。「もの」によるコミュニケーション研究は、化粧、髪型、服装、メガネやアクセサリーを用いた感情の表出や他者操作などが可能だ。
外見リスクとは、自分がこう見られたいと思っている姿と実際に人に与えている印象とのギャップのことである。スポークスパーソンとして華やかさを演出しなければいけないのに、地味に見えて埋没してしまう。反対に、反省と謝罪の気持ちを伝えたいのに、派手過ぎて反感を持たれる。これは外見演出の失敗である。スポークスパーソン個人の責任にするのではなく、広報部門が知識を身につけ、外見演出にも的確なアドバイスを行い、専門家を手配するネットワークを持つ必要があるだろう。

内面と同じレベルに外見を引き上げる

 映画製作に10年間携わっていたこともあり、リアル空間とカメラというフレームが作り出す世界の違いには関心が高かった。リアル空間で気にならないことであってもフレームになった途端、その人の姿勢や視線、手の動きや服装のアンバランスさなど悪い部分が強調されてしまうという現実は確かにある。その意味では、記者会見に限らず、自分の姿をカメラというフレームで捉え直すことは大変有効だ。つまり、現実の自分の姿に向き合う、ここが出発点だ。
カメラの中の自分はどう見えるだろうか。決して若いとはいえないが、味わいのある、何かにじみ出るような佇まいがあるはずだ。しかし、よく見てほしい。年相応の身なりとなっているか、服や髪型に清潔感や信頼感は出ているだろうか。服のサイズは自分の体に合っているか、姿勢や歩き方、所作は堂々としているか、メイクやアクセサリーはその場にふさわしいか。一般的に、男性の場合は年齢と共に清潔感が薄れ、女性の場合は身につけ方が過剰になる。男性はより清潔感を、女性はよりシンプルにすると品位が演出できる。
「分からない」「これ以上どうにもならない」と思い込んだり、諦めたりはしないでほしい。現実の自分の外見リスクに向き合うことは、客観的視点を養うにはうってつけだ。最もハードルの高い訓練といえるかもしれない。リスクマネジメントの肝は、思い込みを排除し、徹底的にリスクを洗い出し、発見することだ。「発見できないリスクはコントロールすることができない」。広報とリスクマネジメント両領域の先輩であった伝説の広報マン故・山中塁氏は、ミントの優しい香りが漂うタバコを手に口癖のように語っていた。私の中でずっと生き続けている言葉でもある。
エグゼクティブの外見リスクマネジメントの具体的目標はただひとつ。内面と同じレベルに外見を引き上げること。メディアトレーニングにおいては、話し方は完璧なのに外見だけが見劣りしてしまうケースは多々あった。実にもったいないことだ。外見ばかりを気にする若者には、内面を磨け、と説教したくなるが、エグゼクティブにこそ、内面と同じ輝きを外見にも備えてほしいと思う。ファッションやマナーではなく、リスクマネジメントとして取り組むと、そこには全く違う景色が見えてくると強く訴えたい。

リスクの自分事化

 ISO31000 として知られるリスクマネジメントの国際規格においては、リスク発、分析、評価、対応までの流れの中でコミュニケーションと評価は仕組みを機能させる重要なファクターとして位置付けられている。しかし、組織構成員の一人ひとりの意識が「他人事」では、仕組みは形骸化する。
外見リスクマネジメントとは、自分を客観視するメディアトレーニングの手法を活用し、個人が関心を持ちやすい外見に焦点を当てることで、知識と共に表現力とリスク感性を高めようとする考え方だ。“リスクの自分事化”と言い換えてもいい。
一人ひとりが自分の外見をリスクとして捉えることが、日々のリスク感性を磨く訓練となり、経営におけるリスクマネジメントにも役立つのではないか。外見というパーソナルなブランディングと、経営としてのリスクマネジメントを組み合わせた外見リスクマネジメントという領域が生まれることで、広報実務家の活躍舞台も広がる。リスクマネジメントを楽しんで取り組める企業風土づくりにも繋がると期待したい。
参考文献
『広報・パブリックリレーションズ入門』(猪狩誠也 編集、宣伝会議)
『しぐさのコミュニケーション~人は親しみをどう伝えあうか~』(大坊郁夫 著、サイエンス社)

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