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社員の佇まいが企業の評判を作る時代~人事×広報で表現豊かに企業文化を発信しよう

「社員の佇まいが企業の評判を作る時代~人事×広報で表現豊かに企業文化を発信しよう~(2015年11月10日執筆原稿)
企業と人材 2016年1月号掲載
広報コンサルタント 石川慶子

社員の佇まいが企業の評判を作る時代

~人事×広報で表現豊かに企業文化を発信しよう~

 

広報コンサルタント 石川慶子

 

広報はパブリックリレーションズ

広報担当者と人事担当者が協力し合いファシリテーターとなって、社員の生き生きと働く姿を見せていく時代の到来を私が直感したのは、2013年日本広報学会の研究発表大会の時だ。この大会のテーマは「レピュテーション・マネジメントにおける広報課題」。パネリストとして登壇したトヨタ自動車、日本航空、日本HP社の各広報責任者は、社員の姿が会社の評判を形成する、企業理念が社員に浸透し体現されることの重要性を力説した。「キーワードは、社員、理念、ぶれないこと。社員の佇まいが一人ひとりの物語となって溢れだす時、奥深いコミュニケーションが始まる」。モデレーターとして私がまとめた言葉の中には、社員が広報の主役になることを予測していた。それが形となって見えているのが企業サイトの採用広報ページだ。

採用広報の事例に入る前に、組織における広報の役割についてオーソドックスな考え方をざっとまとめておく。組織における広報のあり方は、戦後GHQを通じて米国から入ってきた考え方で、正式名称は「パブリックリレーションズ(略称PR)」である。組織内外の関係する人々との良好な関係構築によって企業価値を向上させることを意味する。長すぎて「広報」と翻訳されてしまったことが、誤解をまねているのは否めない。あらためて、広報とは、パブリックリレーションズという関係構築のマネジメントであることを強調しておきたい。

大手企業の一部が「広報部」ではなく、「コーポレートコミュニケーション部」としているのは、実は歴史的経緯がある。ニクソン米大統領が、ウォーターゲート事件で窮地に陥った際「PRの専門家を呼んで手品をさせよう」と発言したことがきっかけで、米企業からパブリックリレーションズの言葉を回避するようになり、「コーポレートコミュニケーション」を使うようになった。その流れを受けてのことだろうと推察できる。しかし、それだけでなく、この名称をつけることで、コミュニケーションを会社経営の重要な戦略機関として位置付けようと意図をもっている場合もある。

 

組織経営における広報の役割

広報・PRは単なる手法と思われがちだが、4つの理念がある。「事実に基づいた正しい情報を提供する」「ツーウェイ・コミュニケーションを確保する」「人間的アプローチを基本とする」「公共の利益を一致させる」ことが提唱されている。つまり、極端な脚色をすることなく、リスク情報も含めて開示すること、相手が知りたいと思う視点から発信すること、温かく豊かな表現力をもって行い、社会にも役立つこと、と私は受け止めている。

この理念を基盤に組織内では、5つの役割を果たすことが期待されている。1.社会や市民意識変化を「モニター」する役割、2.その変化を社内に「フィードバック」する役割、3.組織内部のさまざまな活動を収集する「情報センター」としての役割、4.集めた情報を内部で「共有する」役割、5.トップメッセージや組織内部の情報を外部に「発信する」役割。一言で表現すると「情報を選別する力」といえるだろう。

具体的な活動は、自社や業界の重要記事、競合会社やトレンド情報の報道記事をチェックして、役立ちそうな情報は社内の関連部署にフィードバックする。社員の活動を集めて、社内イントラネットで共有する。新製品や新サービス、イベント、ユニークな試み等広く告知したい情報は、記者発表会やプレスリリース(報道機関向け情報提供)し、適切な記者を見つけて取材設定し、メディアでの露出を図る。専門性が高いため、一部の活動をPR会社に外注するケースもある。

では、人事制度や採用内容を面白く情報発信することは果たして可能だろうか、と考えてみよう。私が着目した実際の採用広報事例を紹介する。

 

 

ゼビオの取り組み

情報開示で差別化するブランディング戦略

福島県いわき市に本社を置くゼビオは、全国にスーパースポーツゼビオやヴィクトリア等の大型総合スポーツ専門店を展開している。採用トップページは人のぬくもりに溢れていた。ゼビオは、1962年に福島県いわき市で紳士服専門店として設立された会社だ。2015年10月1日に純粋持株会社体制に移行し、ゼビオホールディングス株式会社となった今、関連会社を含めた従業員数は約7,100名の規模にまで成長した。

ゼビオの採用ページは、キャリアステップが明快で、入社時研修から階層別研修、役員研修までの階層別研修に加え、自己育成援助、個々のスキルアップ支援、海外派遣や他社出向等も含めた全体像を提示している。

ゼビオコーポレートの執行役員兼人財開発本部長の荒木裕一郎氏は、採用広報に力を入れる理由をこう説明した。「採用という領域でのブランディングを考えています。多くの企業が情報の開示を進めていますが、まだまだです。派手な広告を打たずとも、情報量で他社と差別化することができ、現在の企業力以上の有望な人材を獲得することが可能になります」。力を入れているのは、同席した採用担当の相川和也さんのような若手リーダーのアイディアを活用しながら、学生と過ごす時間を多く確保することにも力を入れている。「若手を抜擢します、と会社説明会でベテランが話をしても説得力ないですからね。それをした途端ギャップを感じさせてしまうでしょう」と荒木氏。

 

「見せる」ではなく「答える」の視点で

採用ページに掲載されている「100の質問」は、「君が聞きたいこと。代わりに新入社員が先輩社員に全部質問した」というコンセプトで好感が持てる。相川氏は狙いをこう語った。「見せますよ、ではなく、答えますよ、と相手の目線に切り替えることが最大のポイントでした。会社説明会で語られることは、事実のようで真実ではないですからね。所詮飾られたものでしかありません」。広報センスが抜群だ。

今後の課題は、社名XEBIO(ゼビオ)自体のブランディング。「人事の立場からすると会社の知名度は死活問題。私が来た時には広報室もなかったのでいろいろな提案をして引っ張ってきました。今はホールディングス化により、広報体制も整いつつあります」と、荒木氏は企業ブランディングへの展開に意欲を見せた。

 

サイバーエージェントの取り組み

社内向けの人事制度でも積極発信する

サイバーエージェントは、1998年に設立された企業で、「アメーバ」を代表するメディア事業の他、インターネット広告やゲーム、投資育成事業を展開している。グループ社員数は約3500名。同社の採用広報は、広報セクションが担っている。「当社のサービスは若者向けで学生も対象としていることから、日常的に接点を持っています。ステークホルダー別戦略から見た際に、学生はサービス対象者であり採用対象者となります」、と広報・IR室の真下紗枝氏。

採用広報の柱は2つ。社内人事制度情報の発信と生身でのコミュニケーション。社内制度はインパクトがあると判断すればプレスリリースする。例えば、2014年5月から開始された女性社員向け「macalon(マカロン)パッケージ」は、4月25日に在宅勤務や妊活休暇が取れる制度としてプレスリリースされている。「にんかつ(妊活)って大変なんだってね」のトップのつぶやきから構想が練られた。macalonの意味は、「ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く」という意味だ。人事で実に400案考えたという。これだけ言葉にこだわってネーミングに時間をかける人事部も珍しい。広報部のようだ。「言葉は面白くないと広がらない」という考え方が根付いているのだろう。「会社を良くしたいという気持ちは強いですね。自分が会社を作っている、他人事にしないという意識が高いと思います」と真下氏。

生身でのコミュニケーション重視は、30以上あるインターンシッププログラムが物語っている。3日間から3カ月以上の長期型までさまざまな期間があり、取締役や子会社社長を「師匠」とする「弟子入り」コースや、ビッグデータを用いた施策立案を学ぶ「データストラテジスト」コースなど、内容も多様だ。インターンシップは昨年から注力しており、一人の学生に10人近くの社員が接触する機会を設けることで人材のミスマッチを防ごうという狙いがある。

 

炎上を恐れず発信する

藤田晋氏の社長ブログは有名だ。藤田氏のブログの書き方を手本にブログを始めた人は多いと思う。社内の人事制度であってもさらっとブログで書いてしまう。言葉の間の取り方が絶妙で気負わない自然な文体にはついつい引き込まれてしまう。

社長ブログは社員向けの内容が多く、社員が一番読んでいるという。「社長から細かい指示はありませんが、考え方をブログという公的場所で発信してくれるので、社員が自然と自主的に行動・発信できます。自分の意見を率直に発信する、というのが藤田の考えです」と真下氏。トップ自らがメッセージ発信するため、社員も恐れず発信できる。発信はリスクが伴うが、リスクがあるからこそ、そこに秀でた人材との出会い、関係構築というチャンスが生まれるといえるだろう。

 

面白法人カヤックの取り組み

採用キャンペーンで企業知名度向上

社外に発信する情報としては、新製品や新サービスが中心であったが、最近の報道傾向として、社内での取り組みを取り上げる記事が増えてきたと感じる。ユニークな活動を通して企業イメージ向上を図ろうとする会社も出てきた。採用広報そのものをコンテンツ化し、面白い採用キャンペーンで注目を集めているのは、面白法人カヤックだ。1998年学生時代の友人3人で立ち上げた会社で、「つくる人を増やす」を経営理念に掲げ、ウェブ広告コンテンツやソーシャルゲームなどのデジタルコンテンツを主力事業としている。社員は契約社員も含めて約200名。2008年から採用という切り口を作って会社のブランディングをしてきた。

これまでの面白採用は、変人との他薦があれば応募できる「変人採用」、日本各地を回りバスの中で会社説明をする「旅する会社説明会」、社員の約半数100人が各自ブースを設けて学生と接する「1社だけの合同説明会」。卒業制作に打ち込んで就活が出遅れた美大生を制作物のみで選考する「卒制採用」は1800ツイートされた。今年は6月から自分に関係する情報が検索最上位になるワードがあれば応募できる「エゴサーチ採用」を始めた。アイディアは無限だ。

カヤックの人事部・編集部の三好晃一氏は面白採用に力を入れる理由をこう説明した。「カヤックが一緒に働きたいと考えているのは、クリエイターです。面白い人を採用したい。普通なら来ない人、転職しようと思っていない人、就職するつもりがない人、ナビサイトでは採用できない人と出会うには、面白いことをして話題化し、ソーシャルで広げていく必要がありました」。

 

全社員が人事部名刺で会社の将来を自分事化

同社は全社員の名刺に「人事部」と印刷されている。広報・編集部の明石瑠美氏も人事部兼務だが、はその企画の狙いを説明した。「全員が人事部なんだ、という気持ちをもつためです。社員一人ひとりがどんな人がカヤックで働くことを楽しめるかと考えることは、会社の将来を自分事化して考えることができるだろうとの思いからです」

会社サイトも一瞬目を疑ってしまうほど物語性に満ちた作りで、企業サイトであることを忘れてしまう。撤退した事業一覧、サイコロの目で給与が決まる「サイコロ給ランキング」、「スマイル給」は社員同士がいいところを見つけたらコトバを贈る。時間を忘れてサイトのあちこちをクリックしていた。全てが奇想天外であまりの面白さにのけぞってしまった。面白いネタを広報する、という発想ではなく、全てのネタを面白くするという工夫に満ちていた。

ちなみに同社は2014年12月に東証マザーズに上場したれっきとした上場会社だ。上場しても自由な発想のまま進めるのだろうか。「上場した今だからこそ、実現できることやその状況を活かしていかに面白いものにしていくかは日々考えています」、と三好氏。実際に、株主も採用に巻き込んだり、株主限定のコミュニティ上で、アイディア出しに参加してもらったりと、カヤックの面白採用旋風はとどまるところを知らないようだ。

 

ネットマイルの取り組み

PR会社を活用する道もある

これまで紹介してきた企業は全て上場会社だが、未上場であっても採用広報は重要だ。それほど人を割くことができない中小ベンチャーはどうしたらいいのだろうか。広報業務を外注して専門のPR会社を活用する方法がある。

ネットマイルは2000年に創業したネット上の共通ポイントを運営している会社で、社員は約40名。ネットポイントではパイオニア的な存在だ。きめ細かな広報コンサルティングを得意とするエンカツ社と創業時から二人三脚で歩んで来ている。エンカツ社は月1回の定例広報会議で社長の行動をヒヤリングし、そこからニューストピックスを拾い上げていく。案件によってプレスリリース、個別取材設定、記者説明会を判断し、地道に活動を続けることで定期的報道が実現している。

 

取材や報道で社員の士気向上

採用広報については、2013年に社長がベトナムで採用活動を開始することを定例の広報会議で共有し、プレスリリースと取材設定を繰り返すことで新聞やネットで話題が広がり、2015年7月にはNHKの「経済フロントライン」(BS1)と「おはよう日本」(総合)で取り上げられた。さらに海外向け英語ニュースNHK WORLD『NEWSROOM TOKYO』でも紹介される展開となった。取材では、ベトナム人社員の仕事ぶりや、現地の大学での会社説明会、採用過程など普通はあまり見せない部分までオープンにした。一連の取材や報道は、社員の士気をおおいに上げたという。

同社グループ代表取締役*1の畑野仁一氏は、「ベトナムに行く、と語ったところから全てが始まりました。当社のことが新聞やテレビで大きく報道され、社員もそして彼らの家族も喜んでくれました。もちろん有能なベトナム人もここ数年ずっと採用できています」と一連の採用広報の成果を語った。同社のPRを長年担当しているエンカツ社社長の宇於崎裕美氏は、活動のポイントをこう説明した。「メディアへの働きかけは、情報の切り口とタイミングが重要です。企業のユニークな取り組みは、メディアにとっても貴重な情報。的確な広報活動は企業とメディア、双方にメリットをもたらします」。

外部専門家を活用することで企業内の価値ある情報が報道される機会が創出できる。社員士気が向上するという副産物もつけば言うことなしだ。

 

企業文化の発信がギャップ克服のカギ

4社の採用広報は様々だが、いくつか共通する特徴として見えてきたことがある。3つにまとめると、1、人事制度や社員の姿を積極的に出していこうとしていること、2、ネーミングや視点の面白さ、前例にとらわれない発想の豊かさがあること、3、広報と人事が一体化しているように見えること。

これはつまり、社員を真ん中に置いて人事と広報がアイディアを出し合うと面白い企画ができる、ということではないだろうか。商品やサービスは似たようなものがあるが、人間の個性は一人ひとり異なる。顔も服装も考え方、働き方も違う。企業文化そのものだ。そこに勝ち負けは存在しない。あるのは、その企業文化が自分に「合うか合わないか」だけだ。

 

人事×広報の発信で真実のコミュニケーションを

採用広報について産業能率大学の岩崎暁教授は、「仮装した企業と仮装した学生が、『疑似環境』の中で真実の姿を模索し合うコミュニケーション過程であり、脆弱な信頼関係の上に存在している」(「企業のリクルーティング・コミュニケーション~新卒採用活動に関するコミュニケーション学的研究~」2014年)と論じている。果たして「仮装」は意図的なのだろうか。互いに表現下手なだけではないだろうか。ナビサイト以外のコミュニケーションを工夫して行う発想によってこの仮装関係は突破できるのではないだろうか。

人事部は社員のプライバシーに係わる情報を多く持つためどうしても情報開示には慎重だ。しかし、人材育成部門では、発想を柔軟にすることでもっともっと情報開示を進めることができる。「仕方なく開示」ではなく、「面白く開示」することがキーワードだ。学生の感覚にもマッチするはずだ。

一方、広報部はトップメッセージの発信に重点を置くため、社員の姿はイントラネットだけでいいと思いがちだ。しかし、採用広報は新しい時代に入ったような気がする。これからは社員一人ひとりの佇まいが企業の評判を作る。人事×広報で一人ひとりの社員の姿を出すことで企業のブランディングをする時代はもう来ている。「仮装」を脱し、真実のコミュニケーションができた企業が「求める人材」を獲得し、企業としての強さも身につけるのではないだろうか。

 

 

*1 株式会社ネットマイルは2015年9月にホールディングス化。株式会社INMホールディングスの傘下に入った。畑野仁一氏は同社代表取締役に就任。

 

 

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