広報専門能力の必要性と人材育成について
日本の行政組織における広報の起点は、1946年12月、連合軍総司令部(GHQ)が道府県庁に対し、パブリック・リレーションズ・オフィスという広報機関を設置するよう示唆したことにある。目的は、情報の流れを戦前のような上意下達ではなく、国民の声を広く聴く仕組みを作ることによる日本の民主化であった。しかしながら、「リレーションズ(関係構築)」の考え方が根付かなかったこと、相当する日本語がなく「広報」と翻訳されてしまったために、民主主義の基本としての機能が置き去りにされ、お知らせ型になってしまったといえる。言葉の持つ力は大きい。たとえまどろっこしくても本来の意味に近い「関係構築課」などと翻訳されていたら、全く異なる歴史が展開されていたかもしれない。本章では、本来あるべき民主主義を支える機能としての広報(パブリック・リレーションズ)とアンケート調査から考察できる自治体における実態とを比較し、広報専門能力の必要性と人材育成について足がかりとなる視点を提示したい。
1 実務視点からの定義
私は1995年から広報分野のサービスを企業等に提供してきた実務家である。2005年からは自治体職員への広報研修も手掛けてきた。私自身が最初そうであったように、現場では広報を単なる手法として認識したまま作業をしているケースがほとんどだろう。しかし、広報力を考えるにあたっては、組織経営における広報の役割と機能、理念を知らずに先に進むことはできない。最初に、実務的な視点から広報の定義、理念を解説する。
1.2 関係構築の専門家
広報、すなわち、パブリック・リレーションズは、19世紀末から20世紀にかけてアメリカにおいて発展してきた考え方である。組織とその組織を取り巻く人々との良好な関係を構築するための考え方、および行動のあり方のことである。概念や考え方が先にあったのではなく、実務を積み重ね、活動を整理することで定義が作り上げられてきた。さまざまな定義があるが、現場感覚に近いものを紹介しておく。経営との関わり方が明確であるため、組織の中における役割やトップとの関係性に悩む自治体の方々の参考になると思う。定義としては少々長いが、説明文として理解しやすいだろう。
「パブリック・リレーションズは、組織体とパブリックとの間における双方向のコミュニケーション、相互理解、合意、協力関係の構築・維持に貢献するマネジメント機能である。つまりパブリック・リレーションズは、主な手段として調査や健全かつ倫理に沿ったコミュニケーション手法を用いて、経営者が問題や課題に取り組むよう促し、常に経営者に世論の動向を知らせ、その対応を支援し、パブリックの利益に奉仕する経営者の責任を明確に認識させ、パブリック・リレーションズが社会の趨勢を予測するための警報システムとして機能することで、経営者が状況変化に遅れず有効に対応する支援を提供するものである」
これは、パブリック・リレーションズの専門家リーダーであり、研究者でもあったレックス・F・ハーロウが1900年代に500もの定義を集めて整理した結果、導き出した定義である。着目したいのは、「相互理解、合意、協力関係の構築・維持に貢献するマネジメント機能」「経営者の責任を明確に認識させ」とあるように、組織経営において意識部分を支える役割があること、「双方向コミュニケーション」「経営者に世論の動向を知らせ」とあるように、広聴の機能が含まれていることが明確になっている点である。すなわち、広報担当者は、世論に敏感となり、トップの近くで常に助言する役割を担うことで本来の機能を果たせるということだ。
1.3 変化を生み出す
広報を専門とする実務家会員で構成されている米国パブリック・リレーションズ協会の公式声明はさらに詳しく述べている。(全文は巻末参照のこと)
「パブリック・リレーションズは、ビジネスはもちろんのこと、労働組合、官公庁、任意団体、財団、医療機関、小・中・高等学校、大学、宗教団体など、社会の幅広い機関に貢献する」と、あらゆる組織における広報機能の有効性を訴えている。また、「諸機関の経営層は、それぞれの機関の目的を達成するため、対象となる人々の態度や価値観を理解することが必要である」「組織目標の実現に必要なパブリックの理解を得るために十分な説明と同意が必要であり、そのためにアクションプランやコミュニケーションを継続的に研究、実施、評価する。これらには、マーケティングや財務、資金調達、対従業員、対地域、そして対政府との関係性を良好に構築することなどのプログラムが含まれる」と、組織内外人々の意識や意見、態度、行動に対し、目に見える変化を生み出すべきとしている。すなわち、「お知らせ型」広報では、「対象となる人々の態度や価値観を理解する」ことは不可能であり、「人々の意識や意見、態度、行動に対し、目に見える変化を生み出す」まで行きつけない。
1.4 広報の理念
ここまでパブリック・リレーション発祥の地であるアメリカで定着している考え方を解説してきたが、アメリカと日本は違う、という意見があるかもしれない。では、ここで、井出嘉憲が1967年「行政広報論」の中で述べている広報における4つの理念を紹介する。「1.事実に基づいた正しい情報を提供する。」「2.ツーウェイ・コミュニケーションを確保する」「3.人間的アプローチを基本とする」「4.公共の利益と一致させる」。1と4については、既に多くの自治体で意識されていると思うが、2の「ツーウェイ」と3「人間的アプローチ」の認識を持っているだろうか。人間的アプローチとは、機械のようにお決まりの行政用語ではなく、親近感溢れる言葉、温かみのある言葉を使うということだろう。後の詳しく述べるが、この置き去りにされた「ツーウェイ・コミュニケーション」「人間的アプローチ」の2つの理念については、ソーシャルメディアの活用で実現できるのではないかと思う。
1.5 組織経営における広報の役割
アメリカ有数のPR会社創業者であるハロルド・バーソンは、パブリック・リレーションズの役割を4つにまとめている。「センサーとしての役割」「企業の良心としての役割」「コミュニケーターとしての役割」「モニターとしての役割」。これに異論はないが、自治体のポジションを考え、私が18年間の実務家としての経験の中で常に意識してきたことに加え、レックス・F・ハーロウの定義、米国パブリック・リレーションズ協会の公式声明、行政広報論を執筆した井出嘉憲が唱えた広報4つの理念から、経営における広報の役割を私としては次のようにまとめてみたいと思う。
- 組織外部の社会や市民意識の変化をいち早く察知する「モニター」としての役割
- 組織内に社会や市民意識動向などの外部情報を「フィードバック」する役割
- 組織内部の情報を収集する「情報センター」としての役割
- 集めた情報を組織内部で「共有」させる役割
- トップメッセージや組織内の情報を外部に「情報発信」する役割
この順番は意識的に情報発信までの流れを盛り込んでいる。(1)のモニターとしての役割とは、広聴機能のことを意味する。社会は常に変化し人々のニーズや倫理意識も変化しているため、何が求められているのかを聞く役割を持つことが第一ステップであるということだ。(2)のフィードバックする役割とは、組織経営者である首長が判断・行動できるような情報の提供や助言、あるいは経営幹部へのレクチャーといった広報研修を意味する。人々の意識変化や将来予測、新しい手法といった最新情報を知識として整理して内部に根付かせることは誰もが重要だと考えるが、社会環境や市民の意識変化を知っておかないとそもそも企画が思い浮かばないだろう。(3)の情報センタ―としての役割と(4)の情報共有は、相談・報告しやすいシステムやネガティブ情報の通報制度、イントラネットといった体制構築のことであり、そのような仕組みができてようやく(5)の情報発信ができるということだ。
2 アンケート結果からの考察
日本広報学会において2007年行政コミュニケーション研究会が立ちあがり、私はそのメンバーとして参加してきた。2007年度は、「行政の広報部門に必要な能力と知識研究」と題した論文をまとめた。当時のアンケートやヒヤリング、それまでの実務経験から、行政広報の課題としては、広報を歴史的に俯瞰していない、マネジメントという経営視点が広報をみていないこと、ターゲットや目的、目標を意識した戦略的視点がないこと、庁内広報や危機管理広報、国際広報への意識がないこと、企業事例研究の不足などを指摘した。前段で述べた広報の役割・機能に加え、5年前の状況とも比較しながら考察を進める。
2.1 広報課題は知識・スキル不足
今回のアンケートの中で私が着目した点は、組織の中における広報の役割、広報能力の育成に関連する項目である。Q1の広報担当部署の属する部門を見てみよう。総務・秘書・市長公室部門に属している自治体は58%、政策企画・調整部門が36.8%市民生活・協働部門が3.2%であった。総務・秘書・市長公室部門であれば、首長が「問題や課題に取り組むよう促し、常に経営者に世論の動向を知らせ、その対応を支援」するといった広報本来の機能を果たせるポジションにあるといえるが、約6割というのは、決して高い数字ではない。政策企画・調整部門に設置された場合、関係構築のマネジメント機能を果たすことができたとしても、経営者の責任を明確に認識させる機能を果たすことができないのではないだろうか。また、大都市になると、市民生活・協働部門が16.7%と数字が上がり、広報機能が分散してしまうのではないかと危惧する。
事業課が行っている広報活動について全庁的に把握する仕組みや取り組みについては(Q19)、83.8%がないと回答していることから、「情報センター」としての役割は果たせていないことがわかる。一方、「把握している」と回答している自治体の具体的な仕組みをみると、各事業課に配置している広報委員による把握、パソコンでの共有、ブログやツイッター・フェイスブックでの把握というITの活用の他、プレス発表の広報課発信規定、取材対応時の報告義務、自治会への発送文書の記録化、といった形を取っている。
広報部署が担っている役割(Q2)としては、「広報紙等の広報媒体の管理・運用」(99.2%)、パブリシティ(91.6%)、他部署の広報に対する支援・協力(70.2%)と続き、広報紙の制作を中心としてきたこれまでの機能に大きな変化はみられない。役割について最も弱い部分は、「平時におけるリスク情報の収集」(16.1%)、「庁内広報等の組織内リレーション活動」(23.7%)、「シティセールス・シティプロモーション活動」(23.9%)となる。
広報課題についての設問(Q13)に対しては、「職員全体において、広報に必要な知識・スキル等の専門性の育成が不足している」(53.6%)がもっとも高い数字であり、シティプロモーションについても「都市イメージの向上やシティプロモーションの展開に関する知識・ノウハウが不足している」(43.3%)と回答していることから、そもそも広報の領域についての知識や認識が十分でないために役割を果たせていないと推察できる。
2.2 危機管理広報の課題は実行力
広報部門の役割として「危機事案発生時における危機管理情報の収集と発信」(Q2)が、48.5%と50%に近くなっている。一方、広報の課題として危機管理広報を挙げている自治体の数は少ない(Q13「不祥事が発生した際の危機管理広報の重要性が認識されていない」(12.8%)「災害発生時における危機管理広報の重要性が認識されていない」(11.3%)といずれも低い数字)。この数字のギャップから考察すると、9割の自治体が危機管理広報の重要性は認識しているものの、広報部門の役割としては担っているのは5割弱であり、認識と具体的アクションに乖離が見られた。
「危機事案発生時の情報の集約・発信に関して特に定めがない」(Q12)と回答している自治体が10.3%もある。小規模自治体の比率が高いため、「広報部門の人員が不足している」とクロス集計したところ、相関関係はないため人員不足という理由ではない。また、「危機管理広報の重要性が認識されていない」と回答した自治体との相関関係もない。人員不足や認識不足ではなく、単なる知識不足、と推測することができる。
危機管理発生時に情報センターとして機能させている自治体は、具体的にどのような取り組みをしているのだろうか。記述回答を見ると(Q12-1)、「困った時には広報担当部署に相談するようアナウンス」「報道リスクを伴う案件について内部通報先として広報担当課を設定している」など第一報を広報課にしているといった回答や「情報伝達シートにて危機管理情報を集約している」「危機管理指針を定め、危機発生時の情報収集・伝達をフロー化している」等、具体的なマニュアルやシートで記録し、関連部署と伝達連携強化体制を構築している回答が多かった。浮かび上がったキーワードは「広報課への相談」「内部通報先」「文書・記録による伝達連携体制」の3つである。
また、リスク情報の収集について(Q2)は、16.1%と低い数字が出た。平時においてリスク情報を収集し管理することは、リスクマネジメントの第一歩であり、確実に広報部門のポジション向上に結び付く。危機(クライシス)をリスクと混同している人も多いが、リスクは危険な状況であってまだ危機(クライシス)は起きていない状態のことである。危機(クライシス)回避・ダメージ軽減の事前対策が、リスクマネジメントであり、どのような組織にも必要な経営手法である。リスクマネジメントを現場で機能させるためには、日常的なコミュニケーション(連絡・共有・協議)が不可欠だ。国際的なリスクマネジメントのガイドライン(ISO31000)でも、リスクマネジメントを実効力のあるものとするにはコミュニケーションとレビュー(改善に向けての評価)が重要な機能を持つと明記されている。「リスク=改善のチャンス」と「発想を転換」して情報開示を進めてほしい。
2.3 庁内広報は都市規模で大きなばらつき
庁内広報という言葉に面喰ってしまった自治体もあることと思うが、一般企業では、社内広報、あるいはエンプロイー・リレーションズという言葉で括られ、大企業の場合には広報部門の重要な活動として位置付けられている。2000年以降は特に、トップメッセージの浸透によるモチベーション向上効果を狙った戦略的情報発信の側面と、内部告発の増加、ソーシャルメディアでの内部情報の漏えいといった経営リスクからの側面から、力をいれている企業は多い。社会から高い評価を受けている企業は、エンプロイー・リレーションズ(組織内での広報)に熱心である、というフォンブランらの2004年の調査結果もある。
組織内で働く人は、「パブリック」ではない、と考える人もいるかもしれないが、パブリック・リレーションズの考え方の中において、従業員・職員は一番身近なパブリックと言われている。庁内広報はほとんど皆無であろうと予測していたが、今回のアンケートでは意外な数字が出てきた。「庁内広報などの組織内リレーション活動」を広報部門で担っているのは、全体としては23.7%と低い数字ではあったが、10%以下と予測していた私としては驚きの数字であった。さらに、中核都市では、48.7%、特別区では77.8%という高い数字が出てきた。広報誌への取材協力という意味合いで数字が高くなった可能性もあるため、この庁内広報の実態調査は別の機会に試みたい。
2.4 広報研修の課題は多岐に渡る
事業課職員に広報研修を現在実施している(Q16)自治体は30.3%に留まる。これまでも実施しておらず今後も予定はないと回答している自治体は、34%と驚くべき数字となった。慄きながら詳細をみると、都市規模で大きな差があることが判明した。大都市では、実施しているとの回答は94.1%、予定がないは0%であるのに対し、10万人未満の一般市では、実施状況は17%、今後も予定なしは45.7%であった。小都市では、必要性が認識されていないというのはどうゆうことだろうか。10万人未満一般都市では、広報担当一般職員は1から3名と回答している自治体が約8割であった。このような少人数体制であればあるほど、研修で事業課職員への広報意識向上を狙いたいところだが、今後実施を検討したい、ではなく、必要性が認識されていない、という事実に対して、どのようなアプローチが可能なのかは、我々側の課題とすべきかもしれない。
研修による効果について(Q16-2)、「わからない」と回答している自治体が43自治体(24.3%)もあったが、これは、研修修了時にアンケートを実施していないということだろうか。一般的に広報の効果測定は難しいと言われているが、小さな「変化」であっても数字が取れるものは、広報活動評価に繋がっていく。数字が取れる機会は地道に数値化していく意識を持つことが広報評価の第一歩であろう。
広報研修の中身(Q16-1)をみると、広報に関する知識や技術(83.7%)が最も多く、ホームページ(34.8%)、報道対応・パブリシティ(9.6%)、危機管理広報(3.9%)であった。講師は外部の活用が6,7割だが、広報に関する知識や技術になると広報担当職員の割合が増え半数が内部講師となっている。研修回数は、約7割が年1回と予想通りではあるが、12回以上実施している自治体が6市町村ある点には注目したい。最多は、大田区の年20回で、内容はCMS操作研修。一般職員に対して広報担当課職員を活用していた。
広報研修で実施されている中身詳細までは把握できないが、コメントを見るとスキル重視である印象を受けた。民主主義を支えるパブリック・リレーションズとしての歴史や組織における機能まで踏み込んでいるのだろうか。合意形成や世論喚起、組織内広報、投資家対象広報(IR=Investor Relations)、国際広報、問題解決コミュニケーションなど、広報の力でできること、事例紹介も含めて知識として提供されているのだろうか。
自治体経営において「好影響もしくは悪影響を与える可能性のある世論や態度、争点を予測、分析、解釈する」ことが、広報、パブリック・リレーションズの最も重要な役割であること、「組織目標の実現に必要なパブリックの理解を得るために十分な説明と同意が必要であり、そのためにアクションプランやコミュニケーションを継続的に研究、実施、評価する」機能を持つこと、シティプロモーション、財務、資金調達、対職員、対市民、そして対政府との「関係性を良好に構築することなどのプログラムが含まれる」。スキル研修に加えてこのような視点での広報研修を全職員向けに実施されれば、経営に貢献する質の高い広報活動が実現する。
2.5 広報専門職配置による効果
広報分野の専門家を配置する意識について(Q17)は、これまで配置したことはなく、今後も配置の予定がない、との回答は約9割を占めた。期待できる成果が不明なのだろうか。今回のアンケート中にある現在配置している自治体の成果を参考にして是非配置を進めてほしい。
専門職配置の職位だが、広報分野を統括する役割の専門職と、現場において広報力向上に寄与する役割の専門職の2種類に大きく分類され、多くの自治体においては前者の役割をもった広報専門職者が多い。政令市・中核市など規模が大きな都市自治体においては広報監(官)や顧問などの管理職であった。配置している都市のうち、大都市、中都市が6割を占めている。
また、現在配置している広報専門職について、30自治体のうち27が民間からの採用であり、管理職から一般職員または委嘱といった方法まで幅広い方法で活用されている。大都市、中都市で6割を占めている。政令市においては、管理職クラスとして採用されている。採用した目的は、民間での経験を活かした広報力アップという意見が大半を占める。採用形態(常勤・非常勤、任期)については自治体においてまちまちである。
広報専門職配置による成果は、管理職配置の場合、「情報の一元管理・集約ができた」「市の広報事項を全庁的に指揮・監督することが可能になった」等一元化・集約を効果として挙げている自治体が複数ある。一方、現場において広報を向上する役割の専門職においては、「政令市移行時の広報活動やシティプロモーション活動、サミットの誘致への効果」「災害情報や消防活動情報の問い合わせに対する広報が適切になり、消防行事や各種訓練が新聞・テレビで報道されるようになった」「ホームページリニューアルの際、専門知識による指導により、優れた機能のホームページを安価で導入できた。情報関連研修で職員のスキルアップができた」「記事クオリティの向上、各種情報の入手、著名人への取材対応の職員負担軽減」など報道機関への情報提供内容の質向上や、広報紙の内容、ホームページの充実などを効果として挙げている。「情報の一元管理・集約化」「広報内容の質向上」が成果のキーワードとして浮かんでくる。
民間からの採用による成果としては、「提供する情報やターゲットに応じた効率的・効果的な広報活動を推進した」「各部の取り組みを掲載した部内広報というものを市民に配布した際、従来の広報とは違った紙面・内容が話題となり、新聞記事に取り上げられた」「市民の視点に立った広報紙の発行が可能になった」「専門的知識や経験をフルに活かした、的確な意見やアドバイスを得ている」「相談役として様々な場面で助言を与え、正職員のスキルアップに貢献した」など、ターゲットを意識した広報、従来とは異なる新たな発想や視点による広報、効率的・効果的な広報活動への寄与、周辺の広報職員に好影響を与えているという記述も複数ある。民間採用による成果のキーワードは、「戦略的広報活動への寄与」「助言による正職員のスキル向上」としてまとめることができる。
広報研修が3割(Q16)で、専門職配置が1割(Q17)にも届いていない実態をどう受け止めればよいのだろうか。日本の民主主義の未成熟さを改めて実感する。専門職経験者は、これから実務に根差した研究論文を発表していくことで行政広報の研究分野を支えてほしい。
2.6 ソーシャルメディア活用の可能性
ソーシャルメディアについてはマネジメントの観点から分析する。Q21で活用していると回答した226自治体(47.5%)のうち、運用方針やガイドラインを制定しているのは、147自治体のみと65%止まりである。残りの35%の自治体は運用規定がないままソーシャルメディアを使っていることになり、これは大きなリスクであると言わざるを得ない。リスクマネジメントの観点からも急ぎ制定してもらいたい。また、ソーシャルメディアでどのような言及がされているか確認したことがないとの回答が約半数の222自治体(46.6%)もあった。「モニター」としても活用も十分ではない。
ソーシャルメディア活用の目的では、発信力の強化(81.9%)、災害(緊急事態)対応(26.4%)、発信スピードの強化(16.1%)、情報収集や共有・コミュニケーション(15%)の順であった。ソーシャルメディアの特徴である双方向コミュニケーションへの意識が2割に満たないのはもったいないとしか言いようがない。災害対応が全体の4分の3程度あるのは着目したいところだが、ソーシャルメディア活用の可能性に気づかせてくれた3.11の震災から1年以上経っていることを考えるともっと比率が上がってほしい部分ではある。
私はこれまでの実務経験から、広報プロフェショナルとしての能力は、①インテリジェンス(情報選別力、誰にとってどの情報が価値あるものか)、②メディアリテラシー(媒体特性把握力、情報別メディア選択力)、③表現力(キーワード選択・創出力、シナリオ構成と演出力)と考えている。これらの能力を一回の研修で身につけることは不可能だ。日常的に訓練できる仕組みが必要だと以前から考えていたが、ソーシャルメディアで情報発信することで、上記3つの能力を日常的に訓練できる可能性があると最近感じている。一報、住民側もソーシャルメディアで日常的に行政情報と繋がっておけば、災害時に情報を探しにいかなくても即座に情報を受け取ることができる。つまり、ソーシャルメディアは、平時における「情報受け取り訓練」になると考えている。
さらに私としては、一歩踏み込んだ関係構築を勧めたい。住民の中に行政情報イノベーターを育成していくという考え方だ。ソーシャルメディア利用者は、最新情報に感度が高いイノベーターで、受け取った情報を拡散させることにも意欲的だ。社会的意義のあるミッションを与えることで期待以上の知恵と力を発揮してくれる可能性を秘めている。地域住民の中には、行政情報に自らアクセスできない人、身体が不自由な人、パソコンや携帯を持たない人など情報弱者もいる。そのような人達に、住民イノベーターから情報を伝えてもらう役目を果たしてもらうことも視野に入れてはどうだろうか。あるいはアナログ力の強い自治会と連携をしてもらい、地域の情報センターとして機能してもらう方法もあるだろう。3.11の大震災では、若者が自主的に地域情報発信することで全国のNPOから必要な物資が届いた事例は数多くあることからも簡単に情報発信できるソーシャルメディアにはさまざまな活用が期待できる。
しかしながら、手軽で即時性があるがゆえに誤解やミスリードも広がりやすい。ソーシャルメディア活用にあたっては、運用ルール策定、炎上対策としての謝罪ノウハウなど危機管理広報の基本は押さえてほしい。
3 課題解決に向けて
ここまで、「パブリック・リレーションズ」として本来広報が担っている役割とアンケート結果による実態をみてきた。マネジメント知識や研究の不足、認識はあっても実行できない行動力の問題、こんな課題が見えてきた。このギャップを埋めるためにはどのような工夫が必要だろうか。組織レベルと個人レベルから提言する。まず、組織レベルにおいては、広報を手法ではなくマネジメントとして理解する研修を行うこと、そして実行できるトレーニングを開発することだ。そして、個人レベルでは、日々楽しみながら感性や視点を磨いて情報感度を高めることを勧めたい。
3.1 広報は手法ではなくマネジメントである
広報の元の意味は、「パブリック・リレーションズ」であり、「関係構築課」の名称の方がニュアンスとして近い、と先に述べた。それを実行したのが、武雄市である。今回のアンケートに回答してくれたのは同市の「つながる部」である。時代のニーズに合わせて部門の名称を変更するのは決して悪いことではないと思う。とりわけ「広報」という言葉は「広告」に文字が似ていて混同されやすいため、今も広告と勘違いをして、その商業的な雰囲気に抵抗感を感じている公務員は多い。「広報=市民と継続的により良い関係を構築する活動」と発想してくれる人は何人いるだろうか、と思うと暗澹たる思いだ。
一方、企業は既に「パブリック・リレーションズ」を卒業してしまった。米国においては1972年頃から、「パブリック・リレーションズ」から「コーポレート・コミュニケーション」の名称を採用する動きがあり、日本企業も大企業を中心に「広報部」から「コーポレート・コミュニケーション部」に名称を変更する動きが広がっている。その背景には、人々とよい良い関係を構築することを目的とした活動ではなく、経営戦略の中におけるコミュニケーションとして再定義されたためである。もう一つエピソードを加えると、ニクソン米国大統領が、1972年にPR専門家を手品師のように軽い言い方で呼んでイメージを悪くしてしまったこともあるようだ。
手法として企業で展開されてきた広報・パブリック・リレーションズは、代表的なもので、対メディア活動(メディア・リレーションズ)、対投資家活動(インベスター・リレーションズ)、対従業員活動(社内広報、あるいはエンプロイー・リレーションズ)、対顧客(カスタマー・リレーションズ)、対地域住民活動(コミュニティ・リレーションズ)などである。しかし、1990年代になると、環境問題とリンクしながら注目されてきたCSR(企業の社会的責任)の考え方が世界的に浸透するにつれ、対象別リレーションズといった枠では捉えきれない関係者が出現してきていることから、ステークホルダー(利害関係者)を洗い出し、各ステークホルダーとのより良い関係を構築するための「ステークホルダーマネジメント」という考え方が出てきた。
ステークホルダーという考え方は、すべての組織で応用することができる。行政におけるステークホルダーは、地域住民だけでなく、企業、NPO、NGO、議員、マスコミ、職員、各省庁であり、さらに細かく対象者を見ていけば、地域住民といってもひとくくりにはできず、年配者、若者、主婦、ビジネスマンなどになる。このように広報の役割を果たすためには、ステークホルダーを洗い出し、誰にとってどの情報がどのように価値あるものなのかを瞬時に見極め、集約して情報を発信する考え方や手法が必要になってくる。
また、環境問題はもう一つの新しい流れを作りだした。社会や生活者に影響を与えるリスクを開示して社会と共有しながら解決することを目指す「リスクコミュニケーション」という分野である。3.11の福島原子力発電所の事故では、汚染リスクをどう表現するかが大きな論点となった。地域の持続的発展にリスク情報の共有と解決は今後自治体経営における広報の主要なテーマとなるだろう。
企業は厳しい市場競争において広報の機能を、名称変更、組織内での位置づけの変更、対象別手法開発といった形で発展させてきた。自治体においても組織経営での関係構築マネジメント、つまり「相互理解、合意、協力関係の構築・維持に貢献するマネジメント機能」として各事業課に必須な機能として浸透させていくことは自治体の組織力、経営力を向上させ、災害などの緊急時にも業務を継続できる体力を養うことに確実に繋がる。
3.2 実行できるトレーニングの開発
仕事の質を高めるためには、広範な知識と実行力が大切だ。従って、広報の研修も知識習得と発想力を鍛えるトレーニングが組み合わされていることが望ましい。研修時間が1時間であっても一日であっても、40~60%は手、足、頭を使った体験型演習などのトレーニングを入れるよう講師に依頼するとよいだろう。最近では、パワーポイントの普及で手軽にさまざまなプレゼンテーション資料を作成することができるため、情報を詰め込みすぎる。それは、私自身を振り返ってもそのように感じる。しかしながら、「人間は忘れる動物である。学んだ9時間後には、その60%を忘れてしまうものだ」「モバイルラーニングでいつでもどこでも学べる環境を作ることがこれからの主流だ」「人に変化をもたらすために必要なことは、自分自身が燃えること」。これは、「ASTD ICE(International Conference & EXPO・人材開発国際会議)で語られた言葉である。ASTDとは、世界中から先進的な企業や教育・行政機関のリーダーが集まり、現在の課題にどう取り組んでいるかを組織の枠を超えて学び合う世界最大級のイベントだ。他国の行政機関は熱心に人材開発を研究している。このような国際会議に参加して人材開発の具体的手法を研究してはどうだろうか。
3.2 日々感性と視点を磨く
情報を整理し、価値分析をする際には、①新奇性、②突発性、③人間性、④普遍性、⑤社会性、⑥影響性、⑦記録性、⑧著名性、⑨国際性、⑩地域性、といった切り口がある。つまり、社会的な重要性、教訓、面白さ、意外性、新鮮さ、で情報を眺めてみることだ。もっとシンプルに「あー」「へー」「ほー」でもいい。これは編集者が新人に教える際に伝える情報編集の切り方だ。「あー」は突発性や新奇性、「へー」は意外性や面白さ、「ほー」は納得性や教訓性を象徴している。「あー」「へー」「ほー」と思ったことはすかさずメモを取ることによって、情報感性は高まる。
感性を鍛えるという意味では、「視点」を磨くことをお勧めしたい。「生活者の目、消費者の目、女性の目、弱者の目、逆転の目、世界を見る目、本質や本性そして裏を見る目、ユ-モアを解する目、芸術文化を理解する目」。これは全国紙記者が語った記事を書く際の視点だ。ひとつの視点に拘らず、さまざまな角度から自由自在に見られる柔軟性が必要だろう。このような視点を常に意識することは、広報能力を格段に高めるだけでなく、何気ない日々の生活を潤し、自分自身の人生も深く豊かにすることだろう。
米国人作家ダニエル・ピンクは、これからは「ハイ・コンセプト」の時代だと語っている。「ハイ・コンセプト」とは、パターンやチャンスを見出す能力、芸術的感性で感情面に訴える美を生み出す能力、人を納得させる話のできる能力、一見ばらばらな概念を組み合わせて何か新しい構想や概念を生み出す能力。それには、6つの感性、①デザイン、②物語、③調和、④共感、⑤遊び、⑥生きがい、の資質を大切にすること、と述べている。広報力に共通する部分が多い。これからは確実に広報、パブリック・リレーションズが注目され、組織を引っ張っていく時代になるだろう。
引用・取材・参考文献
「体系パブリック・リレーションズ」(ピアソン・エデュケーション2008年)
「コーポレート・レピュテーション」(東洋経済新報社2005年)
「広報・PR概論」(同友館2010年)
「行政コミュニケーションの現状と可能性」(日本広報学会行政コミュニケーション研究会2007年)
「ハイ・コンセプト~『新しいこと』を考え出す人の時代」(三笠書房2005年)
浦山昌志氏(ASTDグローバルネットワークジャパン事務局長/IPイノベーションズ代表取締役)インタビュー(2013年1月10日)
(参考資料1)
パブリック・リレーションズに関する公式声明(米国パブリック・リレーションズ協会)
パブリッ・リレーションズは、グループや諸機関との相互理解を深めることを容易にすることで、複雑で多元的な社会において効率的に諸問題を判断し、機能することを促進する。パブリック・リレーションズは、営利的な方針と公共的な方針に調和をもたらす役割を果たしている。
パブリック・リレーションズは、ビジネスはもちろんのこと、労働組合、官公庁、任意団体、財団、医療機関、小・中・高等学校、大学、宗教団体など、社会の幅広い機関に貢献する。これらの機関は、それぞれの目的を達成するため、例えば、従業員、会員、顧客、地域社会、株主、あるいは他の機関や社会全体などさまざまなオーディエンス、すなわちパブリックとの友好な関係性を築く必要がある。
諸機関の経営層は、それぞれの機関の目的を達成するため、対象となる人々の態度や価値観を理解することが必要である。その目的自体は外部環境によって形成される。パブリック・リレーションズの実務家は、特定な目標を合理的でかつパブリックに受け入れられるような方針や行動に形を変えることを支援し、マネジメントについての助言者として、また仲介者としての役割を担う。
パブリック・リレーションズは、マネジメント機能として以下の範囲を網羅する。
- 組織体の運営や経営に対して、好影響もしくは悪影響を与える可能性のある世論や態度、争点を予測、分析、解釈する。
- 組織体におけるすべての経営レベルで、社会への多様な影響と組織の社会的責任や市民としての責任を考慮しつつ、方針決定、行動の道筋、コミュニケーションについて助言する。
- 組織目標の実現に必要なパブリックの理解を得るために十分な説明と同意が必要であり、そのためにアクションプランやコミュニケーションを継続的に研究、実施、評価する。これらには、マーケティングや財務、資金調達、対従業員、対地域、そして対政府との関係性を良好に構築することなどのプログラムが含まれる。
- 公共政策に影響または変更を強いる組織体の取り組みを立案して実施する。
- 目標の設定、計画の策定、予算の編成、スタッフの雇用と訓練、施設の開発を行う―端的にいって上記の事柄すべてを実施するための手段のマネジメントである。
- パブリック・リレーションズの専門的実務に要求される知識は、コミュニケーション技術や心理学、社会心理学、社会学、政治学、経済学、およびマネジメントと倫理の原則などが挙げられる。また、世論調査や社会問題の分析、メディア・リレーションズ、DM、企業広告、印刷物、フィルム、ビデオ制作、特別イベント、スピーチ、プレゼンテーションに関する手法上の知識とスキルも要求される。
パブリック・リレーションズの実務家は、方針を明確にして実施を支援するため、各種の専門的なコミュニケーションの技術を駆使し、組織内、および組織体と外部環境の間に立って統合的な役割を演じる。
(「体系パブリック・リレーションズ」スコット・M・カトリップ、アレン・H・センター、グレン・M・ブルーム著 日本広報学会監修 2008年 ピアソン・エデュケーション発行)