メディアトレーニングのプロフェッショナル
外見リスクマネジメント提唱

logo

mail

お問合せ

03-5315-7534(有限会社シン)

03-6892-4106(RMCA)

ペンの絵 マスコミ発信活動

クライシスコミュニケーション事例⑥見事な責任の取り方とは

「月刊ISOマネジメント」(日刊工業新聞社)RMCAリレー連載 2009年4月~2011年4月
広報コンサルタント 石川慶子

クライシスコミュニケーション第7回目

「事例⑥見事な責任の取り方とは」

私が会員として所属する日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(RMCA 本リレー連載主催)の仲間で広報の大先輩が2004年頃こうつぶやきました。「生きにくい世の中になったよ。昔は責任なんか特別に取らなくてもよかったのに、最近は責任を取らなくちゃならないんだから」と。そうです。時代によって人々が求めるものは変化していきます。広報担当者はそのような世の中の空気を感じ取る必要があります。RMCA所属の別の広報大先輩は、「これくらいで許してくれるかな、という世の中の基準よりもちょっと厳しく責任を取るようにしている」と述べていました。このさじ加減が非常に難しいのですが、このような世の中の空気を読み取ることも広報担当者の重要な責務です。もちろんトップ自らがこの空気を読み取る力があれば言うことなしですが。今回は私を唸らせてくれた見事な責任の取り方事例をご紹介します。

世の中の期待に応える責任の取り方とは?

2003年8月12日午後2時20分頃、「西部警察」ロケ中に事故が発生。撮影中に俳優が運転する車が突っ込み、見学していた男女5人が骨折などの重軽傷を追わせてしまいました。
制作会社の石原プロモーション社長の渡哲也はすぐに被害者を見舞い、土下座して陳謝。翌13日には制作中止の記者会見を行いました。会見では、書類に目を落とすことなく、最初から最後まで自分の言葉で語っていました。テレビカメラに向かってメッセージを視聴者に直接投げかけました。「けがをされた方々、ご家族の方々に心より深くおわび申し上げます」「ファンあっての番組。その大切なファンに怪我をさせてしまいました。私たちに制作をする資格はありません。中止すべきと判断し、テレビ朝日に中止の申し入れをしました」と説明。
この厳しい処分発表に会場には一瞬どよめきが漂いました。テレビ司会者は「渡さんらしい、人柄がにじみ出た鎮痛な記者会見だった」とコメント。事故発生当初は「放送を中止すべきだ」という電話がテレビ朝日に殺到していましたが、制作中止の報道が流れるとテレビ朝日には、制作を続行してほしい、という声が8割に逆転することに。
1本1億円、10話で10億円のスポンサーがつく西部警察の制作を中止するという責任の取り方は見事であったといえます。おそらく誰もそこまで決意するとは思ってもいなかったのです。多くの人達が「申し訳ない」の一言で終わると予想していたのではないでしょうか。自分達への罰が予想をはるかに超えた重いものだったからこそ、この会見で世論が逆転してしまったといえます。「ちょっと厳しい責任の取り方」ではなく「相当厳しい責任の取り方」であったと思います。ここからは多くの教訓が学べます。人々が「そこまでの罰をくださなくても。。。」と思えるほどの思い罰を自分達に科すことが信頼回復の第一歩だということではないでしょうか。
この他、記者会見の前にケガをされた被害者をお見舞いした点もよい判断でした。よくあるのが、世論や記者を気にするあまり、直接の被害者への謝罪よりも先に記者会見するという間違いです。まず、しっかりと被害者に向き合って謝罪し、その後ファンや関係者に謝罪する判断は正しい。また、書類の棒読みが多い中、テレビカメラに向かって視聴者に伝えるとはさすがです。自分達のステークホルダーが誰であるのかわかっていました。私も会見を見ていましたが、テレビ画面から直接こちらに語りかけてくるため、言葉の一つ一つが心にしっかり刻み込まれました。俳優とはいえ、記者会見でテレビカメラの背後の視聴者に直接謝罪するという機転を利かせられる方はなかなかいるものではありません。
ここでもう一つ知恵を授けておきましょう。テレビ局による編集作業を避けたい場合には、ニュースの時間帯に記者会見をぶつけます。朝、昼、夕方のニュースの時間帯で会見をセッティングするとそのまま生中継となってお茶の間に流れるからです。それ以外の時間帯でやらざるを得ない場合には、インターネットで中継することも可能です。昔と違って、ユーストリームを使えば無料で生中継の動画を流すことができるからです。

犯人探しではなく、原因探しに徹したCEO

セキュリティ対策ソフトウェア「ウイルスバスター」を提供するトレンドマイクロ社のトップ、エバ・チェン氏のあっぱれな行動を紹介しましょう。
彼女は2005年1月に社長兼最高経営責任者(CEO)に就任しました。その3ヶ月後の4月23日に、同社のセキュリティ対策ソフトを導入した日本のパソコンが一斉にダウン。個人から企業までを巻き込んだ大規模障害に発展。チェン氏はすぐに障害の原因解明と対策の指示。原因は23日に公開した新ウィルスの検知に必要なパターンファイル「2・594・00」にあったことが判明。プログラムミスで、このファイルにウィルス検知に必要なプログラムが組み込まれていなかったのです。
原因を知ったチェン氏は、一刻も早く顧客に謝罪すべきと考え26日に来日。記者会見を開き、最後のパソコンの復旧が終わるまで自分の給料を月額594円にすると自分への処分を発表しました。社内に対しては、「CEO以外の社員はこの件で処分しない」と明言。理由は、トラブル発生の原因はパターンファイルのチェック体制の不備であるため、その責任はCEOが取るべきとの考えからでした。チェン氏は、誰がプログラムミスをしたのかさえ追及していません。パターンファイルの技術者は常に新しい技術を試行しているため、ミスをした技術者を探し出して処分すると技術革新を重んじる会社の風土が危うくなる、と判断したからです。(日経産業新聞2010年4月19日記事を要約)
チェン氏の行動で何よりも感心したのは「CEO以外の社員はこの件で処分しない」とする判断です。ミスをした社員を処分しないだけでなく、誰がミスをしたのかを探すこともせず、トップである自分にだけ罰を下すという行動はなかなか真似できるものではありません。トラブルが発生すると組織はとかく犯人を捜してその人を処分するだけで収束させようとしますが、環境的要因に目を向け、組織として責任を取る姿勢が明確で好感が持てます。
また、「最後のパソコンの復旧が終わるまで自分の給料を月額594円にする」とは何とも粋ではありませんか。社員のミスによる大規模トラブルの場合には、トップ、担当役員、事業部長など揃って10~30%報酬返上といった責任の取り方が多い中、処分がトップのみであること、また金額は594円と極端に少ないことに多くの人が驚いたのではないでしょうか。また、金額の数字がプログラム名に因んでいる点が教訓的でありつつ、ウィットに富んでいます。わかりやすい象徴的罰であり、数字好きな記者を唸らせたことでしょう。社員もチェン氏のこの一連の行動と決断を賞賛し、萎縮することなく技術革新のためのチャレンジを続ける決意をしたのではないでしょうか。

記事をシェアする

関連記事一覧