執筆活動

企業経営を強化する 実践!リスクマネジメント講座

「月刊ISOマネジメント」(日刊工業新聞社)RMCAリレー連載 2009年4月~2011年4月
広報コンサルタント 石川慶子

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第1回

緊急時の状況説明に失敗するとダメージは広がる

「クライシス・コミュニケーション」とは、緊急時のコミュニケーション活動のことで、「危機管理広報」という言い方もされています。火災などの緊急事態が発生した場合に、取引先や近隣の住民、マスコミに対してどのタイミングでどのように説明すれば、ダメージを最小限に抑えることができるのか。危機における対応をシステム回復の視点ではなく、コミュニケーション視点から考えたマネジメントになります。たとえば、火災発生時に消化活動中であっても、迅速に状況説明をしていかないと、憶測報道や誤報により不安や批判が広がり、社会的な信用を失います。人体に影響のない火災であっても、「大したことはない」と言ってしまうと「事態を軽視している」と思われ、近隣住民からクレームが来るといった二次的なダメージへと拡大していく恐れがあるのです。
 クライシス・コミュニケーション=危機管理広報、という表現に違和感を持つ方がいるかもしれません。「広報」とは、辞書的に考えると「広く伝える」という意味ですが、組織における「広報」は、戦後GHQと共に米国から入ってきた考え方で、「Public Relations(パブリック・リレーションズ、略してPR)」を翻訳したものになります。本来の意味は、社会と良好な関係作ることで組織の存続を目指す活動になります。従って、企業イメージを悪化させる危機的状況における広報活動は極めて重要なものになるのです。
エピソードを一つご紹介しておきます。近代PRの父といわれているアイビー・リーという人が米国初のPRコンサルタント会社を設立(1904年)して最初に評判を高めたのは、このクライシス・コミュニケーションでした。彼のクライアントだったペンシルベニア鉄道で事故が起こった際に、会社は従来の慣例に従ってこの事故を隠蔽しようとしたのですが、リーはそれをやめさせて新聞記者を現場に連れて行き、状況を説明し、取材をさせることで、ペンシルベニア鉄道の評判を上げたのです。以来、クライシス・コミュニケーションの基本は隠蔽せずに説明責任を果たす活動として確立してきました。

基本は、タイミング・開示方法・表現の3つ

クライシス・コミュニケーションのやり方や注意事項はたくさんありますが、緊急事態にはそれほど多くのことはできませんし、覚えきれません。私は3つのポイントをしっかり頭に入れて対応することをお勧めします。①関係者へ説明するタイミング、②情報開示方法、③表現の仕方、です。具体的に考えてみましょう。
まず、タイミングと開示方法についてですが、情報開示は迅速にする、というのは、基本です。しかしながら、なんでもかんでも迅速に公開すればよいというものではないのです。ここでの注意ポイントは、被害者は誰なのか、誰が最初にこのことを知るべきなのか、です。例えば、個人情報漏洩であれば、被害者は漏洩してしまった個人の方々ですから、マスコミや一般に開示する前に漏洩してしまった個人の方々に個別にお知らせのうえ謝罪すべきです。既にネットで公開されていたり、マスコミもかぎつけている場合には、先に記者会見を開く判断を選択した方がよいこともあります。また、漏洩件数が少なければ記者会見ではなく、個別謝罪の後、ウェブでお詫び文を掲載するだけという手段をとることもできます。ただし、この場合には必ずトップページの目立つ部分に掲載する必要があります。トップページの下などの目立たない位置に掲載したり、サイトの奥の方にあるのでは、謝罪の意志が伝わらないからです。このように迅速な情報開示といってもマニュアル通りやればいいというのではなく、状況に応じてさまざまな配慮をしながら判断をしなければなりません。
3つ目の表現の仕方、とは、お詫び文の表現や記者会見におけるスポークスパーソンの言葉遣いのことです。ここで失敗するパターンとしては、「他人事のような表現をする」「自分達が被害者であることを前面に出す」「法律を楯にする」などがあります。日本にはクライシス・コミュニケーションの専門家がまだ少ないので、クライシス時における経営者の相談相手もたいていは弁護士になります。弁護士は法律の専門家ですから、クライシスに対しても、彼らは、「法的にどうなのか」「法廷で負けない」ことに念頭に起きます。ですから、アドバイス内容も「本件は法的には問題ない。謝罪すると裁判になった時に不利になるし、被害者への補償額も高くなる」と言ってくるでしょう。個人情報を盗難されていれば、「会社は被害者ですから、そのことを訴えましょう」などといったアドバイスも出てきます。
ここで弁護士の言った通りにしてしまうと、とんでもないことになってしまいます。記者会見は法廷ではありません。記者も一般の人々も法的観点から企業を評価する人たちではありません。企業に対しては「倫理的にどうか」「企業姿勢としてどうか」「社会的責任はどうなのか」といった観点で評価するのです。そもそも法律は社会の世論を背景にして後から整備がなされていくものであり、社会は法律ありきではなく、倫理ありきで最低限守るべきものを法制化してきているにすぎません。「法律に違反していない」は、「最低限のことはやっているからいいでしょう」という意味であり、開き直っている、反省の意思がない、と見えてしまうのです。
記者会見の開口一番「法的に問題ありません」「私達は被害者です」と言ってしまうと、必ず記者を敵に回すことになります。法的措置をちらつかせた謝罪文により、ネット世論を炎上させ不買運動にまで発展した事例もあります。法廷で負けないことを念頭に置いたクライシス・コミュニケーションを行ってしまうと、たとえ裁判で勝っても世論が離れ、消費者や取引先が逃げてしまい、結果として企業は存続することができなってしまうのです。経営者は、存続するためにはどのようなクライシス・コミュニケーションをすべきかを考えなければなりません。誰に対して何を伝え、どのような表現を使うべきなのか。たとえば、原因がわからない状況であっても「原因不明」という他人事のような言葉ではなく「原因を調査し、〇〇までに状況をお知らせします」といった表現を選ぶべきですし、たとえ原因がわからなくとも、被害者にはお見舞いや哀悼の言葉を忘れてはいけません。ここに企業の社会に対する姿勢が見えるからです。
クライシス・コミュニケーションは、テクニックがぎっしりと詰め込まれている専門領域として確立しており、クライシスを想定した模擬記者会見等で説明能力を身につける「メディアトレーニング」という訓練方法もあります。次回からは過去の報道事例や訓練現場での失敗・成功を分析しながら解説していきます。

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