執筆活動

広報は企業トップの演出家 トップのイメージ戦略

宣伝会議発行 PRIR 2005年12月 掲載原稿
広報コンサルタント 石川慶子

一人の記者の背後には、取引先や株主、顧客がいる

私自身がトップのメディア対応力の必要性を最初に実感したのは、今から8年前のことです。上場企業の広報担当役員から新規事業開始にあたって社長インタビュー設定の依頼がありました。そこで日経ビジネス記者とのインタビューを設定したのですが、社長は記者が満足できる内容の話しをすることができませんでした。後で原因がわかったのですが、社長は日経新聞の記者対応経験はあったものの、雑誌取材の経験はほとんどなく、記者が何を求めているのかを理解していなかったのです。新聞は事実をそのままストレートニュースとして掲載することが多いのですが、雑誌の場合は一連の動きをわかりやすくストーリー仕立てで解説するという特性があります。ですから、この時の雑誌記者も書きたいという意欲が湧く様な面白い話、この場合、新規事業そのものの内容より一歩踏み込んだこと、つまり、事業化にあたっての苦労話だったり、他の先進国事例といった周辺情報を期待していたのです。
 
記者の背後にいる「読者」の存在を忘れて取材の何たるかを認識せず、通常の一対一コミュニケーションをしてしまう経営者の方も多くいます。ジャケットを着ないで取材対応する、社長机に座ったまま取材対応する、やたらと大きい会議室で大きなテーブルを挟んで対面取材する、記者の質問に対し書類をぺらぺらめくってばかりで自分の言葉で説明しない、途中でタバコを吸い始める、記者に対し勉強不足だと言わんばかりに横柄な態度を取る、という場面に遭遇するたびに頭を抱えたものでした。現場取材に来る記者は、経営者よりもずっと若い20-30代の若い記者が多いため、つい油断してしまうのですが、業界専門誌であっても数万人規模の業界関係者という読者がいますし、日経新聞であれば300万人、共同通信ともなると地方紙に配信していますから二千万人の読者がいるのです。インタビューの時には、常に一人の記者の背後にいる株主や取引先、顧客を意識して対応しなければならないのです。

マスコミ対応はトップマネジメントである

企業が関係した事件や事故が発生すれば緊急記者会見を開かなければなりません。このとき、トップが出ていかないとどうなるでしょうか。必ず「社長はどこか、なぜこの場にいないのか、今何をしているのか」と聞かれ、理由が明確でなければ、非難が集中します。記者会見とは、会社の公式見解を述べ、マスコミを通じて世論へ説明したり、理解を求めたりする場だからです。そこに組織の最高責任者が不在であることは、そのことだけで責任意識が希薄である、と思われてしまうのです。
 
特に最近では、土壌汚染法、PRTR法といった環境関連や個人情報保護法など、企業の管理責任を監視する動きが強まっていますし、来年の新会社法では、社内の違法行為の芽を察知し、事前に摘む「内部統制システム」築くことが義務付けられ、法的にも「トップは知りませんでした」では済まなくなります。既に判例もあります。神戸製鋼所の総会屋利益供与事件における株主代表訴訟で、神戸地裁は「代表取締役が内部統制システム構築を怠った以上、違法行為を知らなかったという弁明では免責できない」という所見を示しました。また、東証では、今年の1月から、有価証券報告書にトップの誓約を義務付けています。世論とマスコミに押される形で法律も東証も企業トップの社会的責任を非常に重視する社会になってきているといえます。

メディア対応は社長と広報担当者の二人三脚で

多くの場合、社長は直接関与していない、あるいは全く知らなかった事実を会見直前に知らされ戸惑うでしょう。ましては記者会見に出て謝罪や説明をするなどというのは、全く心外で抵抗を感じることでしょう。それでも勇気を持って記者会見に出て、乗り切らなければなりません。そして、社長を守るために、社長が社長らしく振舞えるように環境を整えるのが広報担当者の役割です。雪印乳業食中毒事件で社長がエレベーター前で言ってしまった「私は寝ていないんだ」発言は、会場レイアウトの問題であり、ぶらさがりをさせてしまったために起きてしまった失敗です。プロフェッショナルな進行ノウハウがあれば防げた発言です。日本ハムの牛肉偽装事件(2002年)では、会長が責任をとって名誉会長に「昇格」するという、引責とはほど遠い発表で、記者から集中砲火を浴びました(6日後に完全引退を発表)。これは社外の論理を伝えるべき広報担当者が社内の論理に押し切られたために起きた失敗だと思います。
 
私は10年間映画製作の現場で働いていましたが、社長と広報担当者の関係は、俳優と監督の関係に似ていると以前から感じてきました。俳優と監督は1つの作品を作り上げるために事前によく話し合いをします。監督はシーンの意図や、カメラワーク、仕上がりのイメージを伝え、俳優が役をスムーズに演じられるように撮影シーンの場所を選び各スタッフに服装、メイク、照明など準備の指示をします。インタビューや記者会見も同じです。事前に広報担当者は、対応するメディアの特性を社長に伝え、理想的な報道のイメージをすり合わせ、リスクのある質問の洗い出しと答え方を考えておきます。さらに、広報担当者は、取材場所や記者会見場、服装のチェックなど環境面を整え、スムーズに進行するようあらゆる形でフォローします。服装などの外見は大変重要です。アメリカのPR会社はどうやらいつも同じアドバイスをするらしく、大統領選のテレビ討論では、大抵白いシャツに赤いネクタイ、青のスーツとなっていますが、これでは、逆に没個性となってしまいます。また、謝罪を目的とした記者会見では赤いネクタイはいけません。このように細かい点まで配慮するのが広報担当者の役割だと私は思っています。