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広報コンサルタント 石川慶子

2013年6月
広報コンサルタント 石川慶子
2010年~2012年にかけて活動した日本広報学会「レピュテーション研究部会」での知見を個人論文としてまとめた。ウェブ書き下ろし。

要約
ソーシャルメディアの普及と社会的責任(SR:Social Responsibility)の拡大により、企業や行政等組織体への期待や要望はますます高まってきている。知名度が高い企業や当たり前のように存在する自治体は、認知度向上よりも失敗しないようにすることで信頼維持に努めようとする。その結果何が起こるか。批判を受けそうな情報を発表することに臆病になってしまう。信頼構築が大きな声を出す勇気であるなら、信頼維持は、リスクを語る勇気を持つことだろう。2011年3月11日を境に、「信頼」の質が変化したのではないだろうか。福島第一原発事故により、「安全・安心」を語ることで信頼を獲得するのではなく、「リスク」を語ることの重要性に目が向けられるようになった。そこで、組織の広報・コミュニケーション力と信頼獲得の関係性に焦点を当て、リスクと向き合った戦略的コミュニケーションについて実践的視点からまとめる。
 
(1) 広報コンサルティングの現場から
   「商品やサービスを売る」から「企業の考え方を売る」へ
   「リスク」コミュニケーションが求められる時代
   社会からの信頼が社員の「誇り」と活力を支える
   現場のキーワードは「情報開示」「社内コミュニケーション」「広聴」
   生活者が企業に求めるのは、社員育成と危機管理対応力
 
(2) どんな時に信頼は失墜するのか
   信頼失墜にはパターンがある
   組織内「リスク」コミュニケーションの失敗
   タイミング判断の失敗
   表現力不足の失敗
 
(3) 広報力がもたらすメリット
   広報の基本は「理解、信頼、好感」
   関係作りの力が業績を左右する
   高評判を獲得しておくとダメージからの回復が早い
 
(4) 戦略的コミュニケーションの実践方法
   製品、社員、CSRを軸とした活動をする
   ステークホルダーを明確にした活動をする
   知っておきたい信頼を高める法則
   「リスク」と向き合った3つの戦略的コミュニケーション
 

(1)広報コンサルティングの現場から

「商品やサービスを売る」から「企業の考え方を売る」へ
私にところには、日々企業・組織から「この情報を何とかできないか」といった相談や依頼が舞い込む。一番オーソドックスな相談は、「新サービスがあるから効果的に認知度を高めたい」「広告以外のやり方があると聞いたがどのようにするのか」「プレスリリースをしているのにどこからも取材が来ない。書き方が悪いのだろうか」といった新サービスや商品ブランドを認知させるために、効果的に行いたいといったことだ。私が1995年に広報のサービスに携わった際にはこのような新サービスの相談が圧倒的に多かった。現在は、単なる知名度向上というよりは、「コンペティターに見積りで負けた。価格競争はしたくない。企業ブランドを高める必要性を感じる」「企業のビジョンや考え方を伝える方法はあるだろうか」「社員のモチベーションを上げるためにマスメディアでの露出数を増やしたい」「顧客から高い信頼と評価を得ていることをもっと訴えたいがどうしたらいいか」等企業そのものの魅力を社会に知ってもらいたいという相談が多くなってきている。人々の評価基準の変化、企業が訴えたい情報の変化を実感する日々だ。「商品やサービスを売る」から「企業の考え方を売る」といった考え方は、昔からあるが、急成長する企業のトップが語る言葉でしかなかった。「考え方を売る」広報が一般的に広がってきたと感じている。
 
「リスク」コミュニケーションが求められる時代
リスクやクライシスに関する相談は2000年を過ぎた頃から増えてきた。「社員から情報が来ないがどうしたらいいか」「この製品不具合を知らせてしまったら、会社は潰れてしまう。他社もやっているのに自分達だけ発表する必要があるのだろうか」「ネットに会社の悪口を書き込みされている。内容からすると元社員だと思うがどうしたらいいか」「社員が逮捕されてしまった。記者会見開くべきか」といったネガティブな情報の取り扱いについての悩みだ。これらはクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)と言われる広報がカバーすべき領域となる。この分野での悩みが増えてきた背景には、インターネットの生活基盤化がある。発信者が増えることで情報量が拡大し、それに伴ってネガティブ情報もあっという間に広まってしまう時代になった。特に2006年は社会環境が大きく変化した年だった。日本語ブログ数が英語ブログ数を上回り、内部告発者を保護する法律(公益通報者保護法)が施行され、組織内部のリスクが表面化しやすい環境になった。これからは常にリスクを意識し、リスクを予測し、そこに向き合っていくコミュニケーションが重要になっているといえるだろう。
 
社会からの信頼が社員の「誇り」を支える
2005年頃からは、企業以外の組織、非営利団体、行政組織や学校からの相談が増えてきた。「道路(空港)は必要だと記者に理解してもらいたいがどう伝えればいいか」「会員が逮捕されたが、団体として謝罪すべきか」「法的責任がないのに責任を追及される」「生徒が自殺してしまった。原因はプライバシーに関わることが多くて説明できない」「誤解でクレーム電話やネットへのアクセスが殺到しているが、事実をどう表現したらいいだろうか」といった説明方法や表現に関する相談が多い。倒産とは無関係の組織が、倒産しないにも関わらず、「理解されたい」「信頼されたい」「評価されたい」という願望を持ち始めた。何故だろうか。彼らの多くは、真面目で実直に仕事をしている人たちだ。そして誇りをもっている。自分達の仕事に誇りをもっているからこそ、誤解や曲解、無理解がむなしいのではないだろうか。働く人の「誇り」がとても大切な時代になったのだと思う。これからは、企業だけでなく、あらゆる組織において働く人の誇りを大切にした情報発信、広報・コミュニケーションをより意識しなければいけない時代だと感じる。
 
現場のキーワードは「情報開示」「社内コミュニケーション」「広聴」
 企業はどのような広報方針で信頼構築を目指しているのだろうか。企業の広報活動の傾向をまとめた「主要企業の広報組織と人材-各社の取り組み事例-」(一般財団法人 経済広報センター 2013年3月発行)に参加している企業の広報基本方針を分析してみよう。ここからは3つの重点傾向がわかる。
 
1、ステークホルダーからの信頼獲得・向上のための情報開示と双方向コミュニケーション、
2、社内の一体感醸成、社員のエンゲージメント向上といった社内コミュニケーション、
3、集めた情報を経営判断に活用する広聴機能の強化とこれを実現するための組織体制の修正
 
「情報開示」「社内コミュニケーション」「広聴」がキーワードとして浮かぶ。
 
また、ステークホルダー別に情報発信することが難しくなってきたこと、情報やメッセージについて統一性を持った形で発信しようということから、広報と広告宣伝、CSR(企業の社会的責任)、IR(インベスター・リレーションズ=対投資家関係作り)が社内に分散している場合には、「コーポレート・コーポレートコミュニケーション部門」として集約していく動きが多く見られる。これは広報機能がより経営と密接な関係の中で役割を果たすことが求められてきているということだろう。具体的に数社の広報方針を詳しくみてみよう。
 
資生堂の広報部の使命・役割には「信用や信頼感、評判を向上させ、経営や事業展開を容易にする環境を整える」「経営の質の向上に貢献する」「社員の結束力の源となる社内報」と記載されている。信頼や社内コミュニケーション重視の姿勢が見える。
 
大日本印刷の広報基本方針は、「グループの企業価値向上に向けたコミュニケーション活動の充実を図り、あらゆるステークホルダーからの信頼の向上と、企業イメージの向上に寄与する。特に、社員とのコミュニケーションを深めることで、企業風土・文化の改革にも寄与する」。ここでも信頼向上、社員とのコミュニケーション、風土改革が掲げられている。
 
株式会社大林組は、社内広報について「社員の『頑張っている姿』をより多く伝えることを通し、社内の活性化や社員のモチベーションアップを目指している。また、様々な事柄を通し、自社らしさを受け継ぎ育てることも念頭に置き情報を発信」としている。会社らしさを「受け継ぎ育てる」ためのツールとしてインターネットを活用し、2013年から退職者も閲覧できるようにするという。ネットを活用した退職者との信頼関係構築は、新しい試みだろう。
広報の課題のキーワードは、「ソーシャルメディア」「グローバル」「社員」「危機管理」。ソーシャルメディアの影響力が増す中、その環境変化に迅速に対応していく必要性があること、グローバルな視点でのコミュニケーション戦略を立てる必要性があることが読みとれる。国内・国外社員一体感の醸成やそれらを実現できる広報専門能力を持った人材を育成、危機管理広報は引き続き重要課題として挙げられている。
 
ネット活用重視の傾向はさらに高まっている。全体としての取り組み傾向は、これまで同様に「あらゆるステークホルダーに向けて積極的な情報発信」「イントラネットを活用したトップメッセージの発信と社員同士の情報共有」がメインである。ソーシャルメディアについては、ガイドラインの策定はかなり進み、今後は「複数アカウントによる運用」が課題となってくる。例えば、会社公式ページやイベント、新卒採用、キャラクターによる発信等ネットを使った効率的かつ注目度の高い発信と炎上リスクの管理に重点が置かれるようになると予測できる。
 
グローバル広報については、グループ一体となったコミュニケーション活動を推進することの重要性が強く意識されている。具体的には、各国の広報担当者によるグローバル広報会議を定期開催するといったことだが回数は年1,2回と少ない。日本郵船では、世界各統括地域にグローバル・コミュニケーション・オフィサー(GCO)を任命するといった取り組みがあったものの、全体としては手探り状況だ。文化の違いだけではなく、習慣、価値観の違いを超えて社員からの信頼を得るには何が必要だろうか。創業理念やCSR活動などをエンジンとして機能させていく方法があるのではなかろうか。
 
生活者は企業の社員への対応や危機管理対応には不満
一般生活者は企業に何を求めているだろうか。経済広報センターが定期的に実施している「第16回生活者の企業観に関する調査」結果(2013年3月発表)を概観しよう。
企業の果たす役割や責任の重要項目では、非常に重要として回答している内容は、「安全・安心で優れた商品・サービス・技術を適切な価格で提供する」(81%)、「不測の事態が発生した際に的確な対応を取る」(同55%)、「社会倫理に則した企業倫理を確立・順守する」(同48%)、「雇用を維持・創出する」(同46%)となっている。また、企業の果たす役割や責任への対応状況では、「安全・安心で優れた商品・サービス・技術を適切な価格で提供する」は「対応している(対応している/ある程度)」が86%に上る。「先進的な技術・研究開発に取り組む」や「利益を確保し、納税する」も、生活者の約7割が「対応している(対応している/ある程度)」と認識している一方「社員の育成やワークライフバランスに取り組む」「不測の事態が発生した際に的確な対応を取る」「雇用を維持・創出する」については、「対応していない(あまり/対応していない)」との回答がそれぞれ6割を超えている。
これらのことから、生活者は、企業の製品やサービスには高い評価をしているが、社員への対応や危機管理対応には不満を感じていることがわかる。

(2) どんな時に信頼は失墜するのか

信頼失墜にはパターンがある
信頼の維持や獲得について考える場合、何によって信頼が失墜するのかを明らかにしておく必要がある。組織やトップ、社員の行動が批判の対象となることは頻繁に起こることだが、批判が長引き、信用や名誉が回復されなければ、取引先離れ、消費者離れ、売上ダウン、株価下落、果ては倒産となる。
2000年以降、批判が長引いた事件・事故を広報・コミュニケーションの視点から振り返ると3つの失敗パターンが見えてくる。「内部コミュニケーションの失敗」「タイミング判断の失敗」「表現力不足による失敗」だ。
 
「内部コミュニケーションの失敗」とは、組織内部でネガティブな情報、つまり「リスク」について対話できない状況のこと。社員・職員が自分のミスを報告できない、上司の誤りを指摘できない、どこかで握りつぶされる状況のこと。その結果、行き場を失ったネガティブ情報は、監督官庁、マスコミ、ネットなど外部に漏れることになる。内部告発は企業・組織による公式発表ではないため、リークという形で衝撃的に報道されるためその後の報道が長引くことになる。
 
「タイミング判断の失敗」は、事件・事故の状況説明や謝罪、再出発の公表時期の判断を誤ること。遅くなって被害が拡大することもあれば、早すぎて被害が拡大することもある。被害者は誰なのか、弱者は誰かの視点を見失うとタイミング判断を失敗する。
「表現力不足による失敗」とは、曖昧な表現で誤解やミスリードを招くこと。あるいは、失言で反感、批判を浴びることもある。その言葉で傷つく相手の姿を想像することができないために起きてしまう失敗だ。すぐに謝罪と撤回をすれば収束するが、謝罪を失敗してしまう、あるいはタイミングの失敗によって、さらに悪化し、辞任に追い込まれることもある。
 
組織内「リスク」コミュニケーションの失敗
2000年に発覚した、社員によってリコール隠しの証拠書類が会社のロッカー内にあることが運輸省に通報された「三菱自動車リコール隠し」を端緒に、2002年には内部告発による報道が相次いだ。飲料水に工業用水を使用したことが、元アルバイトによって告発された「USJの賞味期限切れ食品」。点検をした元GE米国人社員が告発した「東京電力のデータ隠蔽」。「東京女子医大での医療事故隠蔽事件」など、業種を問わず発覚した。社員だけでなく、取引先からの告発も目立つ。「雪印食品牛肉偽装事件」は下請け倉庫会社がいきなりテレビで記者会見をして訴えた。雪印食品はこの事件が原因で倒産してしまった。発覚からおよそ3ヶ月後のことである。2000年の雪印乳業食中毒事件の記憶が残っている時期でもあり、この信頼失墜が2回目であったことがダメージを決定的にしたといえる。2007年に相次いだ、不二家、ミートホープ、石屋製菓、赤福、船場吉兆など一連の食品偽装事件も内部からの告発だった。しかしながら、倒産した企業としなかった企業がある。明暗を分けたのはその後の対応だ。これについては後述する。
 
2010年には、大阪地検特捜部という不正をただす検察での証拠改ざん事件が発覚。職場の同僚が証拠改ざんの事実について、上司に公表することを訴えたが放置された。一昔前ならそのまま闇に葬れたのであろうが、結局、うやむやにされることなく、マスコミにリークされることになった。2011年のオリンパス不正会計は、社長による告発で発覚した。社長に就任した英国人ウッドフォード氏が過去の不正を調査したところ、就任2週間で解任されたことがきっかけだった。
2013年の女子柔道強化選手15名による暴力告発は、何度も内部でもみ消された。改善されない状況に耐えられなくなった選手達が外部のJOC(日本オリンピック委員会)に訴えることで明るみになった。
 
2007年に尼崎で脱線事故を起こしたJR西日本では、事故当時、自分のミスが言えないとした社員は39%いたこと、2012年の時点では5%になっ
たことを発表した。(2013年4月26日毎日新聞)この事故では107名の死者が出た。この数字からも、大きな事故や長引く報道による信頼失墜の背景には、組織内部における「リスク」情報共有やコミュニケーション不足が見えてくる。
日常業務におけるコミュニケーションミスが大事故を引き起こした事例もある。2004年の関西電力美浜原発蒸気噴出事故では、危険な部分を報告書には書いたが、口頭で伝えなかったため、点検漏れが発生し、結果として4名の作業員を死亡させてしまった。2011年の福島原発事故では、1号機の非常用復水器が「止まっている」という報告がなかったから、「動いている」と思い込み、結果として炉内の正確な状況を把握できず、1号機の爆発を引き起こしてしまった。「報告したはず」「言われていない」といった単純な確認不足や思い込みによるコミュニケーションミスはなぜ起こるのだろうか。リスク情報に対して受動的であること、最悪のシナリオを思い描いた訓練をしていないことが環境要因としてあるのだろう。
 
タイミング判断の失敗
不測の事態が発生しても事実を軽視せず、起こしてしまった事実に向き合い、反省し、体制を立て直し再出発すれば、信頼回復に道筋をつけることができる。初期にやるべきことをやらなければ、命取りになることもある。
子供を中心とする1万人以上の被害者を出した「雪印乳業食中毒事件」では、会社側が最初の苦情を軽視し、発表が遅れたことが被害を拡大させた。最初の訴えは2000年6月25日。大阪工場で製造された「雪印低脂肪乳」を飲んだ子供が嘔吐や下痢の症状がみられた。27日には、大阪市内の病院から大阪市保健所に食中毒の疑いがあるとして通報。雪印消費者相談窓口にも情報が入っていたが、「苦情はままある」「10万、20万のうちの7本ならクレームの範囲。社告を出せば混乱する」として具体策をとらなかった。自主回収は29日。4日の間に被害は拡大し、戦後最大の食中毒事件となった。
 
食品偽装では、倒産した企業としなかった企業がある。明暗を分けたのはその後の対応である。2007年11月、船場吉兆は、経営者主導で店頭販売の原産地の虚偽表示を行っていたが、パート従業員に責任を転嫁した。その後も、店内で出す料理でも産地が偽装していたことが発覚。恥の上塗り会見は全国的に知名度を高めることになり、予約が殺到。創業家は経営責任を取らず、抜本的な体制を立て直さないまま、2008年1月22日、2ヶ月ぶりに営業を再開したが、客の食べ残しの使いまわしが発覚。これが追い討ちとなって客足が遠のき、同年5月に廃業となった。
一方、石屋製菓は全く異なる動きをした。2007年8月に発覚した「白い恋人」賞味期限の改ざんにより、創業家社長は退任し、外部から社長を招いた。約3ヶ月間販売を停止し、製品検査の徹底や個別包装ごとの賞味期限印字など体制を立て直した。再開時には、待っていたファンが殺到し、即日完売に。
 
船場吉兆と石屋製菓の事例からわかることは、発覚後に再発防止のための体制を整えることができるかどうかが明暗を分けるということだ。石屋製菓はいち早く社長を交代した決断は評価できる。オーナー経営の会社は、通常営業自粛に留まるが、社長交代という重い責任の取り方を早期に決断したことがネガティブ報道を長引かせなかった要因といえる。初期段階で、起こしてしまった事実にどれだけ真摯に向き合えるかがポイントになる。1回目の失敗に世論は比較的寛大だが、二度三度は許さないといえる。また、ファンの存在も大きい。平時から根強いファンを作っておくことは信頼失墜からの回復時に大きな力となるだろう。
 
業界全体の悪習慣であれば、業界全体で謝罪する方法もある。2008年1月31日、日本製紙連合会は、連合会会長と加盟する5社の社長と共同で再生紙偽装を謝罪する会見を開き、環境保全へ10億円拠出する社会貢献活動をすることを発表した。1社ずつではなくタイミングを合わせて一緒に公表すると信頼失墜のダメージは軽減する。
 
また、何でも早く公表すればいいというものでもない。2013年1月16日に起こったアルジェリア人質事件では、当初被害者の実名は明かされなかった。全ての遺体帰国後、日本政府から公表されたが、「遅い」と報道機関から批判の声が上がった。公表のタイミングは報道機関や国民からすると遅かったと感じるかもしれないが、被害者を守る観点からすると正しい判断だった。早々に公表していたら、遺体回収が困難になっていた可能性があるからだ。政府も日揮も1997年に起きた在ペルー日本大使公邸占拠事件を教訓としていたのではないだろうか。あの時は、レセプション会場にテロリストが乱入したため、日本企業駐在員約600名が人質になった。日本企業は人質になった駐在員の名前を公表した会社としなかった会社に分かれた。結果として、公表しなかった企業の駐在員は早く開放され、公表した会社の駐在員は最後まで開放されなかった。人質の情報を一番欲しがったのはテロリストだったということだ。
 
表現力不足による失敗
2000年の雪印乳業食中毒事件は、公表の遅れだけではなく、社長の失言が繰り返し報道されることでさらに人々の怒りに火を付け、非難が拡大していった。政治家の場合には失言で辞任に追い込まれることもある。ただ、同じような失言でも非難される場合とそれほどされない場合がある。また、うっかりした発言は撤回すればすぐに修復できることがほとんどだ。決定的な信頼失墜に至るケースと回復できるケースを過去の事例から比べてみよう。
 
●事態を軽視する言葉
2007年6月30日の講演会で、久間章生防衛大臣は「原爆投下はしょうがない」と発言した。これに対し被爆者団体からの猛烈な抗議が起こり、発言を撤回したものの、結局7月3日辞任に追い込まれた。「しょうがない」「仕方ない」は諦めの気持ちを表す言葉であり、犠牲者を深く傷つける言葉だ。被爆者の気持ちに寄り添っていない軽率な言葉として相手に受け止められてしまう。
 
2011年3月11日の福島原発での事故発生時、住民への避難勧告において枝野官房長官が「ただちに影響はない」と言った。この言葉はネットやその後の事故調査委員会でも問題視された。なぜなら、「大したことはない」と言っているようなもので、この言葉に住民は気を緩めてしまったからだ。大熊町の住民は、すぐに帰ることができると思って戸締りや放射性物質による汚染予防対策もせず軽装で避難をしてしまったと証言している。災害発生時には、より一層悪くなる状況も予測して広報するのが基本だ。2,000人近い死者を出した昭和34年の伊勢湾台風からの猛省から、災害広報基本三原則は「正確さよりも速度」「質より量」「計画や見通し(予測)」となった。過去から何も学んでいない。危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の専門家がいなかったとしか思えない。「放射能汚染のリスク」「しばらく帰れないかもしれない」という住民が不安に感じる情報を言葉にするのは勇気が必要だが、「言いにくいことを言う」ことが信頼につながる。
 
同じ事態軽視の言葉でも批判が広がらない場合もある。2003年1月23日衆院予算委員会で、小泉総理は「約束を守らないことは大したことはない」と言ってしまった。国債発行を30兆円枠とした公約を果たせなかったことについての回答だった。多少の批判はあったが、それほど波及することはなかった。理由は、具体的な被害者がいなかったからだ。
 
●責任を転嫁する言葉
前述した2000年に起きた三菱自動車リコール隠しを巡って、知っていたのではないか、という記者からの質問に対し、河添社長は「正式に報告を受けていない。そう言うと下の怠慢になるが」と回答している。社員を「下」と見下したうえに、「怠慢」と責任を社員に転嫁している。このような社長では社員のモチベーションは下がるばかりだろう。
 
「私は何も悪いことをしていない」と豪語したのは、2003年10月5日午後3時45分、石原伸晃国土交通相との会談を終えた藤井日本道路公団総裁。7月に公団幹部が「公団は債務超過を示す財務諸表を隠している」と内部告発したが、藤井総裁はその幹部を左遷した上、名誉棄損で提訴。国会答弁でも「そんな財務諸表はない」と反論。しかし8月になって「職員が勉強の資料として作成した」と答弁を修正し、混乱が深まった。そこで国土交通相が真相を追求のため藤井氏と会談を開いた。「あなたの説明には納得できない。私が納得できないことは世論も納得できない。辞表を提出していただきたい」と通告した後に出てきた言葉だった。「死人が出る」という発言も報道されたが、死人が出ないようにすることと国民の信頼を裏切らないようにすることのどちらが重いだろうか。少なくとも藤井氏は信頼失墜よりも死人を恐れたと言える。しかし、隠ぺいを続ければ犠牲者はもっと増えるだろう。
 
2011年で最も国民から批判された言葉は「想定外だった」という言葉ではないだろうか。3月11日、東日本大震災が発生し、13日に開いた記者会見で放射性物質漏えいの原因を想定外の津波が原因と発言した。自然災害を原因とすれば経営責任、損害賠償責任を免れるという計算があったに違いない。
 
組織のトップは起こってしまった事実に向き合い、責任を感じる、責任をもって原因を追究する、責任をもって事態を収束させる、といった責任ある言葉を発信することが信頼失墜を最小限にするのだが、いざという時に「責任」という言葉を避けたがる傾向がある。責任追及を恐れてのことだろうが、責任追及は受けるのが当然として覚悟して臨むことこそトップの仕事だろう。
 
●女性を敵に回す言葉
世の中の半分は女性である。女性を敵に回す言葉は国民の半分を敵にすることになる。2007年1月27日の自民党県議の集会で柳沢厚生労働大臣は、「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数はきまっているから、あと一人頭でがんばってもらうしかない」と発言した。その集会ですぐに発言を撤回したが、「女性は子供を産む機械」とした発言は女性の尊厳を踏みにじる人権侵害以外の何物でもない。すぐに女性関係団体から辞任を要求する抗議が殺到した。
 
数々の攻撃的発言や失言も個性として受け入れられてきた大阪市長の橋下氏ではあるが、2013年5月13日「慰安婦は必要だった」という言葉は許されなかった。慰安婦発言そのものがタブー視されていたわけではない。前年の2012年8月21日「慰安婦の強制連行があったかどうかの確たる証拠はなかったというのが日本の考え方」と記者団に語った内容は報道されたものの、問題にはならなかった。5月の発言の問題は、「日本だけでなく世界各国の軍で」「休息のために慰安所は必要だった」「普天間の米兵ももっと風俗業を活用したらいい」と、女性をモノとして蔑視している点だ。その数日後には、「米兵の風俗業活用」については発言を撤回したものの、それ以外は撤回せず、5月30日に辞職勧告決議案が成立した。また、この発言は全世界に紹介され、世界中の女性を敵に回すだけでなく、日本の若手政治家への失望感を生じさせてしまった。
 
●自己中心的な言葉
「私は寝ていないんだ」という言葉は企業不祥事の歴史に残る失言となってしまった。ひとたび何かかが起これば数日は徹夜が続くのはどこの現場も同じだろう。したがって「寝ていない」と言ったところでその言葉自体が問題になることは早々ない。問題はどのような流れの中で、どの場面で言ってしまったかということだ。2000年7月4日夜9時過ぎ。雪印乳業西日本支社で集団食中毒についての社長会見が開かれた。「(進退について)考える心境にない」「製造のことはわからない」と責任回避発言や「(情報が届かず)不愉快だ」と部下批判をした上、1時間後に「時間が来たから」と一方的に会見を打ち切り、会見場から逃走し、エレベーターの前で記者にもみくちゃにされながら出てきた言葉が「私は寝ていないんだ」。社長には、食中毒で病院に運び込まれた子供達の姿が見えていなかったのだろう。この言葉は、自分の状況しか見えていない無責任丸出しの言葉として全国に繰り返し報道されることになった。
 
2006年1月27日、東横インがホテルの完了審査後に身体障がい者向けの駐車場と部屋を不正改造していたことが発覚。記者会見した社長は「制限速度が時速60キロの道を67,68キロで走っても、まあいいかと思っていた」「昔はそんな法令はなかった」「今まで条例に反していても役所に陳情すれば何とかなった」「ばれちゃったからもうしない」等失言のオンパレードで世論の怒りを喚起してしまった。身体障がい者の存在、気持ちを全く見ていない自己中心的コメントは見ている人の全てに不快感を与えてしまった。その後、失言を反省し態度を一変。「今は是正工事が最優先。全てが終わる7月まで発言を控えたい」と神妙な面持ちとなったものの、日経ベンチャーが4月に実施したネット調査では、100人中64人が「イメージが悪化した」と回答し、39人が「利用したくない」と答えた。
 

(3) 広報力がもたらすメリット

広報の基本は「理解、信頼、好感」
過去の信頼失墜事例から、組織内での「リスク」コミュニケーション、情報開示のタイミング判断力、表現力が組織への信頼獲得・維持には重要だと理解していただけたと思う。これはつまるところ組織の「広報力」といえる。「広報」ではピンとこない人達のために組織における広報の役割を説明しよう。
 
「広報」の意味は、辞書では「お知らせ」になってしまうが、組織における広報セクションの機能を歴史的視点で辿っていくと、全く違う姿が見えてくる。日本には、戦後米国から入り、英語の「パブリック・リレーションズ」を翻訳する際に「広報」となってしまった。
広報、すなわち、パブリック・リレーションズは、もともと19世紀末から20世紀にかけてアメリカにおいて発展してきた考え方である。組織とその組織を取り巻く人々との良好な関係を構築するための考え方、および行動のあり方のことである。概念や考え方が先にあったのではなく、実務を積み重ね、活動を整理することで定義が作り上げられてきた。さまざまな定義があるが、広報専門家の間で認識されている定義としては「理解、信頼、好感(あるいはファン)の獲得を目的とした継続的な対話活動」となる。また、「パブリック」とは、組織外の人達だけではなく、組織内の人々、社員や職員も含まれる。
 
パブリック・リレーションズの専門家リーダーであり、研究者でもあったレックス・F・ハーロウが1900年代に500もの定義を集めて整理した結果、導き出した定義を紹介しておく。少々長いが、マネジメントとしての広報理解を深めるのに役立つだろう。
「パブリック・リレーションズは、組織体とパブリックとの間における双方向のコミュニケーション、相互理解、合意、協力関係の構築・維持に貢献するマネジメント機能である。つまりパブリック・リレーションズは、主な手段として調査や健全かつ倫理に沿ったコミュニケーション手法を用いて、経営者が問題や課題に取り組むよう促し、常に経営者に世論の動向を知らせ、その対応を支援し、パブリックの利益に奉仕する経営者の責任を明確に認識させ、パブリック・リレーションズが社会の趨勢を予測するための警報システムとして機能することで、経営者が状況変化に遅れず有効に対応する支援を提供するものである」
パブリック・リレーションズの役割を整理すると、次の5つになる。
 
(1) 組織外部の社会や生活者意識の変化をいち早く察知する「モニター」としての役割
(2) 組織内に社会や生活者意識動向などの外部情報を「フィードバック」する役割
(3) 組織内部の情報を収集する「情報センター」としての役割
(4) 集めた情報を組織内部で「共有」させる役割
(5) トップメッセージや組織内の情報を外部に「情報発信」する役割
 
これを組織内で機能させることができれば、平時のイメージ向上、問題の事前予測、問題発生時の迅速な対処が可能になる。
 
関係作りの力が業績を左右する
今でこそ、パブリック・リレーションズは関係作りという意味になるが、最初からそうではなかった。1829年から37年までの第7代大統領アンドリュー・ジャクソンが、新聞記者出身のエイマス・ケンドールを報道官(広報官)に任命して、演説の草稿、ニュースリリースを作り、記者会見というシステムを作り出したといれていることからもわかる通り、一方的な情報発信からスタートしている。その後、対象者別にさまざまなリレーション活動が開発されてきた。
 
代表的な活動は、対メディア活動(メディア・リレーションズ)、対投資家活動、いわゆるIR(インベスター・リレーションズ)、対従業員活動(社内広報、あるいはエンプロイー・リレーションズ)、対地域住民活動(コミュニティ・リレーションズ)、対政府(ガバメント・リレーションズ)等がある。
1990年代になると、環境問題とリンクしながら注目されてきたCSR(企業の社会的責任)の考え方が世界的に浸透するにつれ、対象別リレーションズといった枠では捉えきれない関係者が出現してきたことから、ステークホルダー(組織を取り巻く人々)を洗い出し、各ステークホルダーとの理想的な関係を構築するための「ステークホルダーマネジメント」という考え方が出てきた。
このステークホルダー(組織を取り巻く人々)という考え方は、企業だけでなく、あらゆる組織体で応用することができる。例えば、自治体におけるステークホルダー(組織を取り巻く人々)は、地域住民だけでなく、企業、NPO、NGO、議員、職員、各省庁などになる。大学であれば、在校生とその保護者、教職員、地域住民、卒業生、高校、予備校、企業などになる。事故や事件が発生すれば、関係者はさらに増え、被害者とその家族、警察も絡んでくる。そうなると、常に自分達のステークホルダーは誰なのかを意識して把握する、どうゆう優先順位で関係をつけていくかを判断しなければならない。
 
名称も変化してきた。企業では「広報部」ではなく、「コーポレート・コミュニケーション部」と名称を変え、経営とリンクさせ、より戦略的なコミュニケーションに位置づけているケースが増えてきた。社会とのコミュニケーション力が経営や業績を左右するといった認識が浸透してきたといえる。
また、企業だけでなく、あらゆる組織で必要とされる機能でもあるが、米国に比べて日本は十分活用されていない。広報を専門とする実務家会員で構成されている米国パブリック・リレーションズ協会の公式声明は、「パブリック・リレーションズは、ビジネスはもちろんのこと、労働組合、官公庁、任意団体、財団、医療機関、小・中・高等学校、大学、宗教団体など、社会の幅広い機関に貢献する」「諸機関の経営層は、それぞれの機関の目的を達成するため、対象となる人々の態度や価値観を理解することが必要である」「組織目標の実現に必要なパブリックの理解を得るために十分な説明と同意が必要であり、そのためにアクションプランやコミュニケーションを継続的に研究、実施、評価する。これらには、マーケティングや財務、資金調達、対従業員、対地域、そして対政府との関係性を良好に構築することなどのプログラムが含まれる」と詳しく記載されている。
 
高評判を獲得しておくとダメージからの回復が早い
高評判と危機との関係について研究されたデータがある。オックスフォード大学の事故研究によると、危機は企業の評判(レピュテーション)を下げる。平均すると企業の時価総額の8から15%に相当するダメージがある。ただし、高評判企業は5%の下落、10週間後には5%回復し、低評判企業は11%下落、その後さらに15%まで下がった。評判(レピュテーション)の高い企業の時価総額の方が、低評判企業に比べて株価暴落の影響を受けにくい、ということだ。(Knight and Pretty,1999)
 
しかし、高評判であっても二度目のダメージには効き目はない。例えば、雪印。2000年に戦後最大規模の食中毒事件を起こしたが、その後半年程度で販売シェアは回復した。元幹部は「ここで抜本的改革をすべきだったが、この販売シェアの回復で気が緩み、グループを含めた抜本的組織改革をしなかった」と証言している。2002年の雪印食品の牛肉偽装事件で雪印食品は2か月で倒産。産地偽装をした船場吉兆は、恥の上塗り会見と揶揄されたが、繰り返しの報道でかえって知名度を上げた。予約が殺到に気が緩み、2カ月ほどで営業を再開。しかし、再び社員による料理使い回しが内部告発され、廃業に追い込まれた。

(4)戦略的コミュニケーションの実践

製品、社員、CSRを軸とした活動をする
どうしたら企業の評判を効率的に高めることができるかを研究したフォンブランらの調査報告書がある。レピュテーションを5%上げるには、情緒アピールを7%改善する必要があり、そのためには、製品とサービスを10%、社会的責任を24%、職場環境を26%改善させなければならない。財務パフォーマンスとリーダーシップの良し悪しはほとんど影響しない。つまり、人々は印象を固める際にはビジネス面での重要要素を無視するという意外な結果であった。
 
では、何をどうすればいいのか。このデータが示していることは、生活者に支持されるよい製品・優れたサービスを提供することが最も重要で、その次には、社会貢献などよき企業市民となって社会的責任(Social Responsibility)を果たすこと、社員の職場環境を改善していくことが社会からの信頼を得る近道ということだ。戦後最大規模の食中毒事件を起こした雪印乳業も再生に向けて掲げたのは「CSR経営」だ。「社会と企業の持続的発展のために3側面のバランスの良い活動が重要だ」とする考えが柱となった。
これに加えて見逃してはならないことは、社員への理念教育だ。社員の行動が社会に与える印象は大きい。例えば、2011年東日本大震災の際、被災地のヤマト運輸従業員は、自発的に市役所に集まり、本社の許可がないまま会社の車両を使って救援物資を輸送した。もちろん彼らのこの行為は叱責を受けるどころか称えられた。毎朝唱和されている「ヤマトは我なり」からはじまる社訓(1931年制定)が彼らの自発的行動を促したと言われている。
 
反対にソーシャルメディア上での社員の書き込みが信頼を失墜させるケースは増加している。例えば、ケンタッキーフライドチキンの高校生アルバイトがミクシー上で「害虫を揚げたムービーを撮ればよかった」と事実無根の投稿(2007年12月)。産経新聞社会部記者が、総選挙用専用アカウントで「民主党さんの思うようにはさせないぜ」などと投稿(2009年8月)。アディダスジャパンの新入社員が、同社契約のJリーガー夫妻容姿を批判(2011年5月)。北海道山越郡長万部町イメージキャラクター「まんべくん」のツイッター(運営は外部のエム社でボランティア)が毒舌で人気を集めたが、太平洋戦争への発言に抗議殺到(2011年8月)。千葉県船橋市副市長まで経験した復興庁参事官がツイッターで暴言(2013年6月)。組織に関わって活動する人達一人一人がメディア(媒体)化している。若い社員だけではなく、幹部職、契約社員、アルバイト、ボランティアも含めた教育が必要だ。
 
ステークホルダーを明確にした活動をする
タイミングの失敗はなぜ起こるのだろうか。理由は1つ。被害者や関係者が見えない時にタイミングを逃してしまう。雪印乳業でいえば、食中毒で苦しんでいる子供を想像できていたら、すぐに回収の手続きを取ることができたはずだ。普段から自分達の製品を手にする消費者を想像する習慣が身についていれば、何を最優先にしていくのかを判断できる。しかし、大手メーカーの場合、基本的に顧客とは取引先会社のことであり、その先にいる消費者との接点がないため、見失いがちだ。
 
集合研修の模擬訓練で、毒物混入の脅迫電話を受け取ったお菓子会社を事例にしたクライシスケースを扱った際のことだ。その訓練に参加した社員はこう発言をした。「商品回収には流通へのアナウンスが先だから記者会見は2,3日後になる。先に記者会見すると流通が混乱しますからね」と平然と言ってのけた。私は思わず語気を強めて講評した。「この商品はお菓子ですよ。子供が食べるのですよ。今あなたの子供がお菓子を食べるかもしれないのですよ。子供が毒物混入のお菓子を食べるリスクと流通の混乱リスクとどちらが大事なのですか!」想像力が欠けると、確実にタイミングの判断を誤る。過去の事例を紹介した後でも、実際に訓練すると同じミスを犯してしまう。人は自身が痛い思いをしないと学ぶことができないのだろうか。
 
組織を取り巻く人々(ステークホルダー)には様々な人達がいるが、その時一番重要な相手は誰かを意識してメッセージを出す戦略を考えるのが広報・コミュニケーション担当者の役割だ。これは平時から、ステークホルダーを洗い出し、どのような関係を構築することを目標にするのかを意識する活動をしていないとクライシス発生時に機能させることができない。
では、平時にはどう鍛えるか。海外進出での活用事例を紹介する。
 
●海外進出では地域貢献が最大のポイント
ハンバーグなどの肉料理によく使われるテリヤキソースはどこで生まれたかご存知だろうか。実は、日本のキッコーマンが米国販売のために開発した料理方法だ。時は1957年に遡る。キッコーマンはこの年米国内で初めて醤油を販売した。キッコーマンは海外進出の手始めに米国で醤油を販売してみたが、当時は日本料理も一般的ではなかったため、なかなか売上は伸びなかった。そこで、日本の「魚の照り焼き」をヒントに肉料理に合う醤油と砂糖を使った「テリヤキ」を発案し、地道にスーパーマーケットでデモンストレーションを展開していった。その後も現地の食文化を尊重し、料理学校の先生やシェフと関係を構築し、レシピの共同開発や料理教室を地道に継続してきた。そして50年後の2007年、アメリカ議会の上院・下院でキッコーマンに「感謝決議案」が出された。「キッコーマンがカリフォルニア州、ウィスコンシン州の生産拠点を通じて米国経済の活力向上や、しょうゆ、テリヤキソースなどを通じた食文化に貢献してきたこと、同社と2000人の従業員が続けてきた教育・文化活動を評価し、50年の米国での活動を称賛する内容」(産経新聞、2007年10月4日)だった。
 
多くの企業が海外進出する時代となったが、短期的売上のみを求めていないだろうか。現地文化の尊重と社員による地域社会への貢献、ステークホルダー(この場合料理学校の先生やシェフ)を明確にした関係構築と地道なコミュニケーションこそが信頼獲得への近道だといえる。
 
●M&A広報ではスピードと圧倒的情報量
短期プロジェクト型の戦略型事例も紹介しよう。時は1995年。1月にIBMはロータスに友好的買収の打診をしたが失敗。敵対的買収に舵を切った。競合相手をけん制する価格戦略、相手からの反撃(ポイズンピルの発動)を封じ込める戦略、相手の弱点を狙う戦略を綿密に計画した上に、外部のPR会社を使ってコミュニケーションチームを結成し、ステークホルダーごとに綿密なコミュニケーション戦略を立てた。TOB(公開買い付け)発表日の朝一番に、ポイズンピルの訴状提出後、IBM会長がロータス会長に電話し、TOBの意思を直接伝えた。次に、相手と提携関係にある会社のトップに電話を入れ、理解を求めた。午前11時にはアナリストとの電話会議、正午にはハイテク業界コンサルタントとの電話会議、13時半からは記者会見。会見にあたっては前日には2時間にわたるメディアトレーニングを実施し、記者からの批判や容赦のない質問への対応への準備を行った。コミュニケーションチームは、トップの行動予定を記者にリリース、証券取引所にも電話をして詳細を伝えた。その日の夕方には、プレスリリースだけでなく、相手の会長への手紙、会見での質疑応答など関連書類をウェブに掲載した。マスメディアは一斉に報道。翌日にはロータス会長から電話が入り、1週間後には、この買収劇はIBMの勝利で幕を閉じた。
 
分析すると大きく3つの行動が見える。①トップコミュニケーション、②チームによるコミュニケーション、③ウェブコミュニケーション。トップは、重要なステークホルダーに直接電話をして理解を求め、チームは影響力のあるマスコミ対応を中心に行い、ウェブ掲載により誰でも情報にアクセスできる環境を作った。敵対的買収は世論から批判を浴びることが多いが、ステークホルダーごとのきめ細やかなコミュニケーションとスピード、圧倒的情報量によるオープンな姿勢が成功のポイントだったと言えるだろう。
 
<具体的ステップ>
① ステークホルダーを全て書き出す
② どのような関係を作りたいか、キーワードを書き出す
③ どのような手法があるかを書き出してみる
  *ステークホルダーマップ参照
 
知っておきたい信頼を高める法則
●説明責任を果たすための5つの項目
小さなミスやトラブルであれ、大きな事故であれ、何かが起これば社員・職員は現場責任者に、現場責任者は経営者に報告しなければならない。そして、経営者は社会的影響が大きければマスコミや社会に対して説明をする責任がある。社会に対し、あるいは関係者に対して説明責任を果たすためには、5つの要素が必要だ。①誰がどこで何をどうしたかといった事件・事故などの事実内容(5W1H)、②発生してから組織としてどう対応したかの経過と現状、③直接原因や環境要因などの原因、④再発防止策、⑤謝罪や責任表明、処分など組織としての姿勢。問題発生時に犯しがちなことは、犯人捜しをしてしまうことだ。大切なのは原因を明らかにすることと再発防止だ。「誰が悪いのか」ではなく、「何が悪かったのか」を意識して調査することが肝心だ。
 
問題発生時に説明責任を果たすことを広報では、クライシス・コミュニケーション(危機管理広報)活動と呼んでいる。100年前から考え方は存在していた。エピソードを紹介しておこう。近代PRの父といわれているアイビー・リーという人が米国初のPRコンサルタント会社を設立(1904年)して最初に評判を高めたのは、このクライシス・コミュニケーションだった。彼のクライアントだったペンシルベニア鉄道で事故が起こった際に、会社は従来の慣例に従ってこの事故を隠蔽しようとしたが、リーはそれをやめさせて新聞記者を現場に連れて行き、状況を説明し、取材をさせることで、ペンシルベニア鉄道の評判を上げた。以来、クライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の基本は隠蔽せずに説明責任を果たす活動として確立してきた。このエピソードで私が最も大切にしていることは「慣例を疑うこと」。人々の価値観や道徳観は時代と共に変化する。過去の慣例や経験値だけに頼るのではなく、目の前の人達に向き合って発信する情報や表現を選択することが必要だ。
 
●謝罪の気持ちを伝えるために必要な5要素
ただ単に「すみません」を連発しても謝罪の気持ちは伝わらない。謝罪を伝えるために必要な要素は1980年からシュレンカーらによって心理学分野で研究されている。①事実認識、②反省、③後悔、④悔悛、⑤償いの5つの要素が必要だ。事実認識とは、何をしたのか自覚していることを示すこと。反省とは、何か悪かったのかを指摘して反省する姿勢を見せること。後悔は、被害者への申し訳ないという気持ちやミスを隠してしまう組織風土、悪しき慣習への怒り。悔悛は、二度と起こさない決意。償いは、被害者への補償、自分への罰。このように謝罪は深い内省の言葉と冷静に状況を分析する言葉が伴っていなければならない。
 
テレビドラマ制作会社石原プロモーションは「西部警察」のロケ中に見学していたファンに怪我をさせてしまった。社長で俳優の渡哲也はすぐに被害者を見舞い、土下座して謝罪。その後の記者会見では「ファンを傷つけた自分達に作品を作る資格はない。中止する」と発表。事故発生当日は「放送を中止すべきだ」という電話がテレビ朝日に殺到したが、制作中止の報道が流れるとテレビ朝日には、制作を続行してほしい、という声が8割に逆転することになった(2003年8月)。記者会見前に、最初に被害者をお見舞いしたこと、深い反省の言葉と共に、制作中止という厳しい罰を即座に下したことが評判を上げたといえる。
 
●表現力向上のための5要素
フォンブランらは、企業などの組織体が社会からのレピュテーション(信頼・高い評価)を獲得する要因を研究した結果、「表現力指数を上げる5つの要素」が重要だと発表した。5つの要素とは、顕示性、独自性、真実性、一貫性、透明性。
顕示性とは、注目されること、わかりやすいこと。誰にも関心を持たれない会社、組織、人であれば、そもそも相手から関心を持たれない。まずは注目される会社、組織、人であること。わかりやすい行動や表現を使うこと。独自性とは、ありきたりではないこと。他とはっきりと違いがあり、際立っていること、独特な約束をすること。真実性とは、誠実な姿勢や態度のこと。嘘をつかないこと。一貫性とは、考え方にぶれがなく一貫したメッセージであること。事故や事件の場合には、曖昧な状態で情報を発信しなければならない時もあるが、姿勢は一貫しておく必要がある。透明性とは、結論だけでなくプロセスも見せること。
 
顕示性や独自性に苦手意識を感じる人は多いかもしれない。事例を紹介しよう。2011年3月11日の東日本大震災で当時の管総理は最初のメッセージで「被災された方々には、心からお見舞いを申し上げます」と述べている。ありきたりで冷たく感じる。一方、2012年12月米国コネティカット州で多数の子供が犠牲になった銃乱射事件についてオバマ大統領は「胸が張り裂ける思いだ」と語った。どちらの表現が聞く人の心に届くかは明らかだろう。解決が困難な問題に対しては、奇をてらうことなく寄り添いの言葉がよい。「沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった戦中、戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は意味をなしません。私は若い世代の人々に特に呼び掛けつつ、沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をなすべきだということを訴えようと思います」(2013年4月28日主権回復の日式典、安部総理式辞)
 
実施のシーンでは、目の前の人達に向き合い、人々から何を期待されているのか、自分達は何を伝えるのか、をじっくり考えてメッセージを組み立てることになる。また、重要なメッセージ発信には、表現力に優れた能力を持つ専門のスピーチライターを雇って表現を磨く訓練をしてみてはどうか。日本にはスピーチライターは職業として認知されていないが、作家や記者、シナリオライター、演出家など表現活動を行っている人達がその役割を担うことが多いようだ。外部の専門家を活用することはマネジメント能力の1つだろう。
 
 
「リスク」と向き合った3つの戦略的コミュニケーション
 
「リスク」はいろいろな分類方法があるが、コミュニケーション視点が考えた場合には、予防系、半予防系、非予防系3つの分類がわかりやすくてよい。予防系リスクとは、原因が企業の中にあるもので、例えば経営者の後継体制や労務管理、リコール、粉飾など。半予防系リスクとは、サイバーテロや毒物混入などの外からの攻撃。非予防系リスクとは、地震など事前回避ができない災害、株価暴落など社会全体が被るもの。
 
自分達組織が抱えるリスクや発生したクライシスがどこに分類されるかを一瞬で判断できれば、タイミングや方針が立てやすい。例えば、地震などの自然災害であれば、発生後迅速に情報提供することが重要であり、サイバーテロなど敵が存在する場合には、敵が喜ぶ情報発信はしてはいけない。予防系リスクであれば、発生そのものを回避できるものであるため、予防策を講じることが求められる。
 
具体的な実行にあたっては、3つのコミュニケーション活動を意識するとよい。組織内部でリスクを洗い出し、共有すること、あるいはステークホルダーからの協力が必要な場合には、開示によって共に問題解決にあたる(リスク・コミュニケーション)。外部からの攻撃や災害発生、あるいは不測事態を想定した訓練によって、問題発生時にも迅速に説明責任を果たすことができるようにする(クライシス・コミュニケーション)。事件・事故発生後に再発防止策によってイメージ回復を図る(リカバリー・コミュニケーション)。
 
●リスク・コミュニケーション
キャノン系の子会社では、失敗を活用につなげる風土作りに成功している。社員用に失敗事例や成功事例記入シートを用意する。結果よりも原因究明を重視し、事前にチェックできなかったことではなく、なぜチェックできなかったのかを反省して、体制不備やコミュニケーション不足等の原因を記入させている。週1回の勉強会では、他部門の事例を取り上げ、自部門に置き換えてシミュレーション。さらに、記入件数が多い社員を「教育的事例を積極的に提供した」という名目で表彰。この取り組みの成功のポイントは、報告された失敗をマイナス評価しないこと、失敗を単に事例として蓄積するのではなく疑似体験で身につけていること、そして、失敗からスタートするコミュニケーションで失敗を生かす組織としている点だ。(NTTアド発行「目黒発」vol.19)リスク・コミュニケーションは一種の風土改革とも言える。
 
<リスク・コミュニケーションのポイント>
・ミスや失敗を積極的に出せる仕組みを作る
・「なぜ」を繰り返して原因の本質を探る
・他部門のケースを自部門に置き換えてシミュレーションする
 
 
●クライシス・コミュニケーション
欠陥品などでリコール(製品回収)が発生した場合、通常は宣伝を自粛する。しかし、それまでと全く異なる動きをした企業がある。
2005年12月10日、松下電器産業(現パナソニック)は、FF式石油温風機事故を受け、CMを中止するのではなく、全て製品回収や使用禁止のよびかけに差し替えた。新聞折込みチラシ、全国市町村の自治会回覧板、地域タウン誌、インターネットHP、全世帯への告知はがき発送など、注意喚起できることは全て実施する大々的リコールキャンペーンを展開した。「最後の一台まで回収します」のメッセージは、キャッチコピーのようにさまざまな方法で繰り広げられた。
 
一般消費者からの企業評価変化を調査した北見幸一によると、この事故についてパナソニックへの評価は、変化しない(46.5%)、とても低い評価に変化した(2.8%)、低い評価に変化した(11.5%)、高い評価に変化した(28%)、とても高い評価に変化した(11.2%)。つまり、約半数の人達が変化なしで、約40%が「高い評価に変化した」ことがわかった。この前代未聞のリコールキャンペーンはクライシス・コミュニケーションに成功したといえる。
 
しかし、事故の発端から探ると必ずしも最初から模範的行動であったとはいえない。最初の死亡者が出たのは、実は、半年前の2005年1月5日だった。福島県で一酸化炭素中毒による死亡者が出た。原因は、パナソニックのFF式石油温風機の可能性が強かったが、当初パナソニックは「一酸化炭素中毒漏れはごく微量で健康には害がない」として発表しなかった。その後、長野県にて2月に一人、3月に一人入院患者が発生し、4月に記者会見し自主回収を実施。しかし、さらに11月に長野県で死亡者1名、入院が1名。経済産業省は、11月29日緊急命令を発令した。1974年法律施行されて初めての命令であった。これを受け、11月30日中村邦夫社長を本部長とするFF緊急対策本部が設置され、ようやく大規模なリコールキャンペーンが始まったことは付記しておく。
 
<クライシス・コミュニケーションのポイント>
・原因が不明でも被害拡大防止の観点から情報は迅速に発表しなければいけない
・消極的告知ではなく、出来ることは全て行うという決意で行動する
・リコールをしても評価は殆ど変わらない。かえって評価は高まる
 
●リカバリー・コミュニケーション
2003年1月、「雪印乳業行動基準」の策定(2007年9月改訂)と共に新しい企業理念宣言がなされた。雪印乳業食中毒事件から3年後、雪印食品牛肉偽装事件から2年後のことだった。彼らは2つの事件の原因を、経営については、内向き体質、縦割り弊害、リスクマネジメント欠如、生産現場では、ルールの形骸化、減点主義体質、トラブル時対応基準不明確等と分析した。そして、2002年6月、消費者団体連絡会事務局長だった日和佐信子氏を社外取締役に招聘、倫理委員会設置(下部組織に品質部会・表示部会・消費者部会)等で、経営に社外の視点を入れた。生産現場には、ISO9001とHACCAPの取り入れ、定期的テストによる社員教育、週1回のリスク連絡会などによるリスクマネジメントを導入した。
 
実は、2000年の6月に食中毒事件を起こした雪印乳業は、信頼回復のために行動を起こしていた。1,000名近い従業員が、事件発生直後から9月上旬にかけて約は32,000件に達した苦情に対して、一軒一軒の被害者宅を訪問して謝罪した。そして、9月26日には、雪印乳業は「雪印経営再建計画」を発表していたのだが、結果としてみれば、それは不十分だったということだ。
 
2003年に策定された「雪印乳業行動基準」は、800名にヒヤリングし、原案作成後2500名に配布、1500名からの意見で作成したものだ。社会に対する責任の自覚、社会と共に成長していくことを目指し、「私たちを取りまく全ての人たちの気持ちを大切にし、誰から信頼されるように行動します」としている。具体的には、当時のビデオ視聴やグループ討議といった事件を風化させない活動、各職場にCSRリーダーを配置した行動基準定着活動を行う。2011年4月1日、新生「雪印メグミルク株式会社」として上場した。当時広報担当者だった脇田眞氏はこう述べた。「奪われたシェアは完全回復していない。一度失った信頼は10年経っても回復できないということだ」(2011年1月日本広報学会レピュテーション研究部会にて)
 
<リカバリー・コミュニケーションのポイント>
・再出発はグループ全体で取り組む
・社外視点を入れ、透明性の高い経営にする
・自分達が起こしてしまった事件事故を風化させない活動をする


【参考文献】
「主要企業の広報組織と人材-各社の取り組み事例-」(一般財団法人 経済広報センター 2013年3月発行)
目黒発Vol.29 失敗を語り合う風土作り