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―5つの提言―
2010年8月発行 日本広報学会「行政コミュニケーションの展望」(2010年6月10日執筆)
広報コンサルタント 石川慶子

本研究会では、3年間かけて行政広報の戦略性の有無、協働広報の事例ヒヤリング、広報評価への意識調査を行ってきた。企業広報の現場にいる私は、常に企業との比較をしながら考察を深めた。特に近年は、企業が経済的側面だけでなく、環境や人権、地域社会への責任を求められ、行政は効率的な経営を求められてきていることを考え合わせると新たな公共空間と市場が出来始めていると感じている。また、ネットのインフラ化や情報発信の多様化などにより情報の流れ方も変化してきている。自ずと組織における広報の役割も異なってくるといえる。本文では、3年間の研究を振り返りながら、自治体広報の戦略性と効率性実現のための提言を実務家の視点から行う。

1 3年間をふりかえって

本研究会1年目の2007年の自治体調査で広報戦略がほとんど文書化されていないことが判明した。倒産リスクのなく存続を前提としている自治体組織には、生き残りを目的とした「戦略」はそもそもそぐわないのかもしれない。私自身は、自治体広報部門が組織における情報センターとして機能しているのではなく、広報紙(誌)作成に大きなパワーを使っていることに違和感を持った。そこで、企業と比較しながら、そもそも行政の広報に求められるものは何かを考察し、「行政の広報部門に必要な能力と知識研究」についてまとめた。そこでは、企業で重視されている、組織内広報と危機管理広報の視点が殆どないことを指摘した。危機管理広報については、社団法人日本広報協会が誌面やセミナーで危機管理広報をテーマにした意識付けをしてきたため、少しずつ浸透していると期待したいが、組織内広報の考え方は3年経った今も各種取材から進展は見られない。
2年目の2008年は、協働広報の実例と思われる自治体を訪問してヒヤリングを行った。中でも興味深かったのは犬山市と川崎市である。犬山市は、広報誌を元毎日新聞記者が代表となっているNPOに委託することにより、編集責任まで外部委託となっていた。編集長の山田氏は、「これまでの広報誌は『市民が知りたいこと』『市民が知るべきこと』だけだった。私はここに『市民が考えるべきこと』を新たに加えたいと思った」と当時の取り組み方針について説明してくれた。その結果、中身や見出しは対立軸を明確にするというジャーナリスティックな切り口が加わった。議会の動きも綿密な取材でストーリーを構築することで生き生きとした質の高い誌面となったことは間違いない。
しかしながら、「広報誌にジャーナリズムは必要ない*1」「行政コントロール下にある編集会議があることが一つの壁*2」といった意見もあり、「行政コントロール化のジャーナリズムの危険性」という予想外の問題点も明らかになった。一歩間違えると当事者達も知らないうちに「合意の捏造」*3といったプロパガンダになる可能性もある。もっとも、記者クラブ発信の情報も似たような問題は抱えているわけなので、行政機関が高い広報機能を持つことは、プロパガンダのリスクを伴うことであることは認識しておく必要がある。
川崎市については、シティプロモーションやIR(Investor Relations),SR(Social Responsibility)、オンブズマン、議会広報、労組など多面的なヒヤリングを行った。この結果見えてきたことは、強力な市長のリーダーシップ以外にも一人ひとりが言われなくても行動していく力、エンジンとしての理念のような存在だ。明文化されていないが自治体職員の中で長い期間かけて引き継がれてきた「最初にやろう」「誰もやっていないけど自分がやろう」といった「川崎精神」らしき組織文化があると確信した。その源についてはまだ解明していない。
3年目の2009年は、広報評価をテーマにこれまで調査対象としてきた自治体について評価を試みた。広報誌やウェブなどの広報媒体についてのアンケートや市民満足度調査はおこなっているが、目標達成や改善行動に生かしきれていない印象をもった。企業においては、企業ブランドについては、日経イメージ調査、自社単独のイメージ調査での定点観測、商品認知については、記事の露出件数や広告換算でリーチ率を指標とすることが行われている。評価については、どれがよいということではなく、改善につなげていける形になっていればよいのではないかと考えるが、この点は事例の積み重ねが必要であろう。
本研究会で調査を開始する前と開始後で一番大きな気づきとなったことは、広報誌の位置づけである。ネットメディアの台頭でマスメディアの役割が減りつつあること、多様化により、身近でパーソナルな情報、決め細やかな情報が求められる環境になってきていることなどを考え合わせると、全世帯に配布される広報誌は非常に重要なポジションにあることを認識した。
三重県津市では、トップページの広告は反響が確実にあるためすぐに埋まるといった例や横浜市の広告も枠は順調に埋まるという。*4マス媒体や紙媒体が減少していく中、ローカルメディアとしての影響力は予想以上に大きい。特にメディアの少ない地方都市であれば、メディアとしての影響力は地方新聞並みの力をもっているともいえるのではないだろうか。この認識に立ってみると最初に私が課題として指摘した点を含めて、いくつか見えてきたことがある。以下に、実務的な視点から5つの提言としてまとめる。

2 提言1-広報戦略は組織内広報の視点も含めて立案する

行政広報において組織内広報の視点がないことを1年目に指摘したが、広報誌のメディアとしての影響力を再認識した今、組織内広報の新たな展開の可能性を見つけることができる。
広報誌が市民に情報提供するためのメディアであることは行政広報担当者も当然意識していると思うが、この広報誌を組織内コミュニケーションのツールとしても活用することをもっと行ってもよいのではないかということだ。
「市民のためのメディアだから、市民を登場させる」といった直線的な表現ではなく、できるだけ導線を作り、できるだけ多くのコミュニケーション接点、モチベーション接点といったメリットを盛り込むのである。
例えば、市の事業内容理解促進であれば、事業内容を説明する文章ではなく、各事業課の取り組みや課題を職員といった人を切り口に紹介していく手法を取り入れる。職員に焦点を当てることで、市民と職員だけでなく、職員と職員をつなぎ、各事業課の相互理解、課題認識の共有化も図れるだろう。取材を受けた本人は当然仕事へのモチベーションを高め、本人周辺の家族や地域の人々との理解促進にもなるであろう。
職員という人に焦点を当てた取材を多くすることで、職員のモチベーション向上、地域住民の理解促進、連帯意識強化、地域活性化といった流れを戦略的に組み立てることができる。広報戦略とは、このように最終的な理想イメージを明確にし、一連のコミュニケーション手法を使って達成していくことなのである。
 広報誌だけでなく、シティプロモーションにおいても組織内広報の視点は重要である。例えば、川崎市はシティプロモーションの一環として国際広報の戦略を立て、The Japan Timesに広告と記事を掲載したが、内部から「外人や外国からの問い合わせ対応ができない」とクレームがきた。同市のシティプロモーション担当者は「外部の国際広報の前に内部の国際化が先だと気づいた」という。*5国際PRで「庁内のグローバル化が先」という気づきは大きな気づきで評価ともいえる。この後、庁内職員に対しグローバル化のための組織内広報を実行できれば、これはある意味、計画→実行→評価→改善のサイクルになる。数字以外の評価方法や改善への気づきを見える形で手法化し、サイクルとして回していけるのではないだろうか。

3 提言2-ネガティブ情報の開示方針を作る

行政事業失敗や不祥事などのネガティブ情報を広報誌に掲載すべきかどうか迷うことは多い。「広報誌はネガティブ情報を掲載する性質のものではない。だから、事業の失敗情報や謝罪などを掲載する必要はない」「情報公開法は市民からの要請があった場合のみだ。わざわざ自分達に不利な情報を自ら広く告知する必要はない。そんなことをしたら行政不信が起こるだけだ」。こんな声はあちこちから上がってくる。
しかしながら、一方で、「市民は知る権利があり、行政も知らせる義務がある。事業の失敗や不祥事への謝罪は当然掲載すべきである」「行政に都合のよい情報だけ掲載していたらかえって信頼を失うのではないか。報道ではなく、自分達の広報誌でこそ語るべきだ」といった考え方もできるのである。実際、札幌市では、市長の謝罪文を広報誌に掲載している。
危機管理広報の一環としてネガティブ情報のガイドラインは策定すべきであり、その中で広報誌の位置づけや掲載方針も決めていくべきではないだろうか。

4 提言3-編集責任を明確にした外部委託をする

本研究会で活動を始めた当初は、私自身広報誌は外部委託して効率化していくべきだと考えていたが、今は安易な外部委託はすべきではないと考えている。
行政サービス内容についての認知を広める広報活動を市民との協働で進め行く動きがあるのは今後も推進していくべきことだとは思うが、行政の広報誌については、編集責任まで含めて外部委託することには問題があるといえる。掲載方針まで含めた編集責任まで外部委託するのであれば、一般のコミュニティ媒体に広告掲載する、行政ページ枠を持つ、タイアップすることのとなんら変わりがないからである。
発行責任が行政であれば、掲載内容にも責任を持つべきである。行政広報誌は、住民に行政サービスについて知らせるだけでなく、発行責任者のトップである市長のメッセージを伝えるためのメディアでもあり、行政の事業内容や進捗状況についても説明するのは当然のことであろう。たとえ、アンケート結果で、住民が広報誌の中のカルチャー情報しか見ない、事業に関心がない、といった数字が出たとしても、事業内容については掲載しつづけなければいけない。行政として伝えなければならないコンテンツに人気がない場合には、掲載をやめるのではなく、そこにこそ外部専門家の力を借りて読まれる工夫をすべきである。
例えば、市長のメッセージであれば、市民がインタビュー形式にする、あるいは市長座談会レポート形式にすることで読みやすさは格段に高まる。事業内容であれば、イラストや漫画を挿入といったさまざまな手法が考えられる。
広報誌に掲載すべき内容については、市民の意見を聞くこと、プロセスを市民協働型で進める、あるいはさまざまな編集手法のアイディアを借りつつも、最終的には行政側が責任を持って掲載する内容と編集方針を決定すべきではないだろうか。編集方針と編集責任は、頭脳の部分なのだから、ここはそっくり外部委託すべきではない。

5 提言4-外部専門家のノウハウを効率的に活用する

コスト削減の努力は広報セクションに当然取り組まねばならないだろう。ここでは局部的な外部専門家活用の提案をしたい。
まず、広報戦略の立案だ。そもそも、最初に目標を立てなければ評価や改善ができない。どんな形であれ戦略立案は必須である。広報戦略立案ノウハウがない自治体は、戦略立案手法ノウハウを外部から取り入れるべきである。
PR会社や個人の広報プロフェッショナル、広報アドバイザーにオリエンテーションを行って数社(数人)に提案をしてもらう形と1社(1名)に絞ってコンサルティングを受けながら一緒に立案していく方法がある。
川崎市はシティプロモーションについて日本PR協会を通じて7社に声をかけたという。他にも日本広報協会を通じて広報アドバイザーを活用しているケースもいくつかの自治体で見られる。いずれにせよ、広報業界の人的ネットワークを使って適材を見つけ出すことに苦労を惜しんではいけないだろう。
 
広報誌作成については、コスト削減の方法はもっと工夫の余地がある。全く経験のない職員が取材や原稿作成、編集、レイアウトなどを広報課配属後に一から勉強して住民に読まれる媒体を作るのはどこから見ても効率的ではない。広報誌作成の外部委託を元新聞記者に依頼する事例が出てきているが、広報誌の場合は取材力よりはストーリー構成力が求められるため、どちらかというと新聞よりは雑誌編集経験者に委託する方がよいだろう。雑誌編集者は、「手にとってページを開いてもらうにはどうしたらいいか」「楽しく読んでもらうにはどうしたらいいか」といった全体における一連の流れを意識する訓練と手法を熟知しているからだ。
一般書店で販売されているレタスクラブやオレンジページといった人気雑誌の殆どは実は編集プロダクションが制作している。編集プロダクションは紙媒体が少なくなる中、人材が余っているという現実もある。東京の編集プロダクション勤務者が地元に帰って地元でホームページ制作をしているケースも出てきているため、そのような人材を活用する選択肢はあってもよいだろう。彼らのコスト意識は、1ページ1~2万円だ。したがって、20ページものを12ヶ月であれば480万円も不可能ではない。犬山市の場合は、20ページの広報誌作成に、1人の人件費800万円を投入していたものが、外部委託で700万円に削減できたとしている。担える人材がいるかどうかという問題はあるもののコスト削減の側面だけからするとまだ改善の余地があるのではないだろうか。

6 提言5-広報誌への広告掲載は品位を保つべき

当初広報誌への広告掲載は進めるべきだと考えていたが、調査を進める中で慎重にすべきだと改めた。広報誌への広告掲載は、すでにさまざまな自治体が始めている。コスト削減であることは理解できるが、広報誌としてのメディアの品位は保つ必要がある。
たとえば、三重県津市では、表紙に広告枠を設けているが、これはいかがなものかと思わざるをえない。反響があるらしく「毎回この枠は人気です」と担当者は回答しているが、表紙に広告枠という発想は広報誌の品位を低めてしまう。
行政が発行している広報誌に掲載される広告は、他のメディアに掲載されている広告よりも人々からの信頼を得やすい。広報担当者の想像以上に影響力を与えているメディアなのである。したがって、掲載する広告枠の使い方には、よく気を配る必要がある。また、広告表現にも一定の基準を設けて行政広報誌としての品位を保つべきだろう。
世帯認知を高めたい企業にとって、行政広報誌は魅力的な広告媒体の1つであることは間違いない。しかしながら、広告は広報よりもさらにセンスの要素が高くなる。広告枠の使い方や品位の保ち方など、自分達で出来ない部分を見極め、外部専門家を活用してもよいのではないか。広告枠の開発は、新しい市場を作ることにもつながっていくだろう。

7 まとめ

「プロシューマー」という言葉がある。生産者(Producer)と消費者(Consumer)を組み合わせた造語で、自分が欲しいと思う商品を発案してメーカーに働きかけていく人のことである。企業はプロシューマーを活用しながら、商品開発や宣伝の相乗効果により効率化を図っている。「プロボノ」という言葉がある。知識労働者が自分の職能と時間を提供して社会貢献を行うことである。企業もCSR(Corporate Social Responsibility)*6に立脚した地域貢献活動は今後も拍車がかかる。各自治体も、プロボノやCSRの社会的トレンドを活用すれば、戦略性と効率性を兼ね備えた新しい広報の形を作っていけるのではないだろうか。



*1 2008年9月4日犬山市商工会議所総務課長ヒヤリング
*2 2008年9月3日ビアンキ・アンソニー議員ヒヤリング
*3 ノームチョムスキー「メディアとプロパガンダ」
*4 2010年3月16日三重県津市広報課ヒヤリング
*5 2010年3月10日川崎市 市民・子ども局シティセールス広報室ヒヤリング
*6 2009年にISO26000が発行され、組織の社会的責任(SR)は国際規格となった。


引用・参考文献
ノームチョムスキー「メディアとプロパガンダ」