メディアトレーニングのプロフェッショナル
外見リスクマネジメント提唱

logo

mail

お問合せ

03-5315-7534(有限会社シン)

03-6892-4106(RMCA)

ペンの絵 マスコミ発信活動

日本広報学会で「リスクマネジメント観点から見た広報人材の能力開発を考える ―人権デューデリジェンス時代を見据えて―」発表

日本広報学会 第29回研究発表全国大会で発表しました。(2023年10月15日)

2023年日本広報学会大会発表予稿(荒木&石川)

 

リスクマネジメント観点から見た広報人材の能力開発を考える
――人権デューデリジェンス時代を見据えて――

日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 荒木洋二・石川慶子
1.背景
ジャニーズ事務所の性加害問題は、再発防止特別チームによる調査の結果、事実が認定された。この犯罪は60年間続き、少なく見積もっても数百人の被害者数となり、世界史上に残る大きな悲劇となってしまった。原因はトップによる隠ぺい、組織の不作為、権力構造であるとし、背景は同族経営、ガバナンス脆弱性に加え、マスメディアの沈黙、業界問題が調査報告書で指摘された。取引先の人権リスクを調査し、開示すべしとする人権デューデリジェンスが広まっているにもかかわらず、日本の各業界114社のうち91社がジャニーズ問題について無回答(共同通信9月2日)。沈黙はマスメディアだけではない状況に危機感を持たざるをえない。
一方、ビッグモーター社については、不合理な目標設定、ガバナンス機能不全、経営陣への盲従、現場の意識を拾う意識欠如、人材の育成不足が調査報告書で指摘された。両社に共通するのは、未上場であり、同族経営であったがゆえにチェック機能が働かなかった、業界のもたれあい構造上告発されにくい状態であったことが挙げられる。広報体制について、ジャニーズ事務所はマスメディアに対して強い規制や圧力を行使していたのに対し、ビッグモーター社は広報部も担当者も設置せず全く対応していない状態だった点は真逆ではあるが、これもまた日本における広報体制や役割における問題点を浮き彫りにした。
そこで、リスクマネジメント能力を備えた広報人材の能力開発を探る研究発表を行うこととした。広報担当者が、コミュニケーション力を生かし、ポジティブ情報だけではなく、ネガティブ情報も集める力を身に付ければ、危機発生時だけではなく、予防の観点から企業を健全に発展させる仕組み作りに寄与できるからだ。
広報とリスクマネジメントの2本柱で20年間コンサルティングを行ってきた筆者らの経験と、社会心理学研究やリスク分野の実務家による手法から開発すべき能力「リスク感性」「信頼構築力」「本音を引き出す技術」「解決行動力」としてまとめる。

2.リスク感性
リスク感性とは、「ネガティブ情報から企業価値を再創造するために開発されるべき直感力」と定義する。依拠しているのは、リスクマネジメントの具体的な進め方のガイドラインとしてまとめられた国際規格ISO31000である。同規格では、「リスクマネジメントは価値を創造する活動」とされている。さらにリスクの語源を探ると、「勇気をもって試みる」(イタリア語源説)で、前向きの意味を持っている。若干補足すると、ISO31000は、現状理解、リスク洗い出し、数値化、優先順位を決めて対策実行の中に、「コミュニケーションと協議」「モニタリングとレビュー」で常時支える、といった枠組みを示している。この枠組みでは、ステークホルダーへのリスク開示や説明責任、リスクをテーマにした対話を重視している。
感性についてさらに掘り下げておく。感性とは、「印象を受け入れる能力」「直感」「見たり聞いたりしたことから深く感じたこと」「視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚といった五感」「言語化できない感覚」「空間認識」「ひらめき」である。実務に落とし込むと、幅広く情報を収集する、報道から時代の息吹を感じる、倫理観の変化を感じ取る、ドラマや小説から人間の心理を理解したり感じ取ったりする、ということだ。さらに、自社の中の人間関係を観察する、想像する、データで社会の傾向や将来を予測する、多くの人に会って意見を聞く、多くの本を読むなど、幅広くアンテナを張ること、も該当する。ここで注意したいのは単に情報を集めるのではなく、得た知識や情報から自分なりに考え、「感じる」ということだ。左脳と右脳をフル回転させる力ともいえる。
情報収集については、調査報道の方法や諜報機関の分析手法が参考になる。ジャーナリストの奥山俊宏は、端緒をつかむことから始まるとしている。先述したステークホルダーからの情報収集、共有、対話から端緒をつかむことができる。端緒の次の手順がリサーチだ。リサーチとは、キーワード検索、記事データベース、文献リサーチ、国会図書館蔵書検索、国会議事録検索、裁判判例データベース、官報情報検索、登記情報、現場、会社職員録がある。こうなると、広報部長クラスでもリサーチは不可能であるから、むしろ記者と付き合って情報収集する方が効率的であろう。先に挙げた2社において問題視された業界構造については、業界紙の記者が詳しい。記者を重要な情報源としてつきあえばよい。
各国諜報活動における基本的な情報収集も参考になる。オーソドックスな考え方として、オシント、ヒューミント、シギントの3つがある。オシント(OSINT:Open-source intelligence)は、公の情報、新聞、雑誌、インターネットなど誰でも入手できる情報を分析すること。ヒューミント(HUMINT:Human Intelligence)は、人を通じて収集された情報の分析である。シギント(SIGINT:Signals Intelligence)は、通信や電気信号など何らかのテクノロジーを使った情報収集である。

3.信頼構築力
日常的にリスク感性を高めるためにさまざまな情報を集め、感じるといった努力と同時に必要なのが信頼を築く力である。信頼構築は、関係の質を良くするために不可欠である。関係の質が良くなれば、思考の質が良くなり、行動の質や結果の質につながるとする考え方(ダイニエル・キム)は、よく知られている。ポジティブな情報であれ、ネガティブな情報であれ、信頼がベースにあれば共有されやすい。広報担当者が社内で信頼を得ていなければ、いかなる情報も集まらないし、相談も受けられない。
広報の役割として新しく定義された「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、様々なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」の中にある「望ましい関係」は信頼とも言い換えることができる。
では、信頼構築はどうしたらできるのか。元公安捜査官の稲村悠は、「服装やしぐさを相手に合わせる」「自分の恥部から話す」「座る位置の工夫」「相手の困りごとや弱みに寄り添う」といった外形的な環境づくりで相手をリラックスさせることとしている。ジャーナリストの奥山俊宏は「正当化や屁理屈であっても相手の言い分を理解しようと努めること」とし、「コーアークティブコーチング」理論を提唱しているヘンリー・キムジーハウスらは、レベル1から3までの「傾聴」手法を示し、「共感しながら質問する」「話し方の調子、音の高さ、声の抑揚、ボディランゲージ」からも感じ取ることとしている。「相手からどう見られたいかの視点で、表情や声、髪型やメイク、姿勢や座り方、しぐさ、服装や身だしなみをマネジメントすると好印象や信頼を築ける」(石川慶子)とする研究もある。1)
心理学研究においては、「身なりを整えて名乗ると支援が多く得られる」(ハレル 1978年)、「人は自分に似た服装の人に好感を持つ」(グリーンとギレス 1973年)、「言葉と外見が違うときは外見を信じる」(メラビアン 1971年)といったデータが出ている。これらの研究、実務者からの証言で、信頼構築においては、相手から自分がどう「見えるか」、つまり、「ちゃんと聞いているか」「共感されているか」「自分と同じ雰囲気(服装も態度、しぐさといったミラーリング観点から)か」「軽蔑されていないか(上から目線でみられていないか)」が重要な要素といえる。
補足すると、第一印象で失敗した時であっても、「単純接触効果」というのがあり、接触頻度を高めると好かれるようになる。理由は、回数を重ねると楽に知覚できるという認知的な処理の心地よさを、相手に対する好意と勘違いしてしまう誤帰属という現象になるためである。誤帰属とは、出来事の原因を本来のものではない別のもののせいだと誤認する認知バイアスの一種である。

4.本音を引き出す技術
特に、さまざまな形で得た社内の不正行為や、「あそこの部署で問題があるかもしれない」といった噂、あるいは記者から聞いたり、取材の申し込みがあったりとなれば、公式に行動しなければならない。問題が報道された後であれば、本格的な調査が必要だが、その前の段階では、慎重な行動が求められる。直接当事者に直球で聞けば否定され、書類が隠ぺいされ、経営へのダメージはさらに深くなってしまう。トップが関与となれば、社内ではなく、監査の選択も考えなければならない。
要になるのが質問力である。相手を追い詰めるのではなく、本音を聞き出す技術として参考になるのは、コーチングの手法である。「はい」「いいえ」で回答できる「閉じられた質問」は、思考を停止させる。「何か困っているか」「何を感じているか」「どうしたいか」といった好奇心をベースにして、相手の感情にアプローチする「開かれた質問」は、旅に連れ出すような発展をもたらす、としている(ヘンリー・キムジーハウス)。
そして、沈黙が訪れたらそこが核心、本音に当たる。「相手が黙り込んだときには、水を向けるよりも、むしろ、ひたすら返答を待つ。どう返答するか悩み考えて黙り込むケースがあり、その場合、再び口を開いたときの言葉が重みを持つ」(奥山俊宏)。「作家の海老沢泰久氏から、取材中の沈黙は重要だから口をはさんではいけないと教わり新鮮だった」(新谷学元週刊文春編集長)。「聞きたいことがある場合、沈黙をぎりぎりまで引きのばす。自分でも長いなと思う時間まで。そこで二度目の質問をすると相手は解放された気分になって答えるつもりがなかったことを答えてしまう」(稲村悠)。これら実務家の肌感覚は、沈黙と本音の関係性を実によく示している。

5.解決行動力
普段から幅広く情報を集め、考えながらリスク感性を高め、社内では本音を引き出せる信頼関係を築いた結果、不正を知ってしまったらどうするか。ここで必要になるのが解決行動力だ。一般的には、内部監査室が考えられるが、会計のみを取り扱い範囲にしている会社もある。明らかな違法行為で内部通報制度が機能している会社であれば、そこに通報する。改正公益通報者保護法(2022年施行)では、刑事罰が組み込まれたので周辺知識は必要だ。トップが不正に関与して内部統制が期待できない場合には、外部通報するしかない場合もある。証券取引等監視委員会、公正取引委員会、マスコミなどだ。話を聞き相談対応しているうちに、あるいは証拠を集めているうちに自ら深く関与してしまった場合には、罪を軽減してもらえる司法取引という方法もある。例として、広告代理店のADKは五輪談合を課徴金減免のある公取に申告した。日産の秘書室長は、ゴーン事件で役員報酬不記載について司法取引を行った。住友銀行の國重惇史は、日経新聞記者にトップの不正経理を告発し、自らは取締役まで昇格。のちに楽天証券社長、楽天副会長も歴任するなどキャリアも重ねた。社内の不正告発にはさまざまな制度を活用できる、といった知識の獲得も必要だ。社内不正だけではなく、日本は世界第3位の特許数を持つ国であるが故に、産業スパイから情報を取られたり、組織をダメにするサボタージュが仕掛けられたりしている可能性にも気付く必要がある。サボタージュで心理的安全性が低下し、コミュニケーション不全となり、結果として不正が長期間続く、といった事態に陥る。
企業を持続的に成長させていくためには、現実のリスクを発見して対処していくリスクコントロール力が必要である。その一助として広報担当者向けに「リスク感性」「信頼構築力」「本音を引き出す技術」「解決行動力」の4つの能力開発の方向性を示した。具体的プログラムは今後研究開発していきたい。

注=
1)外見リスクマネジメント学習プログラムについて~クライシスコミュニケーション、印象管理として~(J-STAGE)
文献
稲村悠(2022).元公安捜査官が教える「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術——WAVE出版
奥山俊宏(2015).記者講座——ハウツー調査報道——朝日新聞出版Journalism,10-12月
情報文化研究所.認知バイアス辞典——フォレスト出版
新谷学(2017). 「週刊文春」編集長の仕事術——ダイヤモンド社
ヘンリー・キムジーハウス他(2022).コーチング・バイブル——東洋経済新報社

記事をシェアする

関連記事一覧