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なぜあの学校は危機対応を間違えたのか

*学校クライシスコミュニケーション入門として、月刊「教職研修」にて2016年4月~2017年3月に連載した内容を再編集し、書籍にまとめました。

はじめに 抜粋文章

「説明責任を果たす」とはどうゆうことでしょうか。先生方はあらゆる場面で保護者から「説明してほしい」という要望を幾度となく受けているのではないでしょうか。本書のテーマはそこにあります。危機発生時(クライシス)に説明責任を果たすことで信頼失墜を防ぐ活動「クライシスコミュニケーション」についてこれから解説します。

 

危機が発生したとき、「誰が悪いのか」といった犯人捜しではなく「なぜ起きたのか」といった原因にアプローチすれば、問題の本質が明らかとなり、改善策を立てることができます。そして、起きたことを「いつ、どう説明するか」によって、その後の周囲との関係性が良くも悪くもなるのです。この一連の流れが、クライシスコミュニケーションにあたります。日本語としては「危機管理広報」と呼ばれることもありますが、本書では広報ではお知らせの要素を払拭するため、クライシスコミュニケ―ションとして記述をしていきます。

 

クライシスコミュニケーションの歴史は、1900年初頭に米国に実在したアイビー・リーから始まったとされています。彼のクライアントである鉄道会社が事故を起こした際に過去の慣例に従って事故を隠蔽しようとしたところ、リーはそれを止めさせて、事故現場を記者に取材させたところ、かえって鉄道会社の評判が高まりました。それ以来、クライシスコミュニケーションは、事件事故において隠蔽せずに説明責任を果たす活動として定着していくようになりました。

 

日本におけるクライシスコミュニケーションは、2000年初夏、近畿地方を中心に発生した集団食中毒事件における会社側対応の失敗から、必要性の認知が広がりました。この1万4、000人を越える被害者を出した食中毒事件では、メーカー社長の言葉「私は寝ていないんだよ!」が、テレビで繰り返し報道されてしまいました。この発言が、被害に遭った子どもの心配よりも自らの保身や身勝手さが先立ったとされ、一流企業の信頼失墜を招きました。このように、起こしたことよりも、危機発生後の対応が批判される事態になることを「クライシスコミュニケーションの失敗」と言います。この事件以降、企業や自治体のクライシスコミュニケーションへの意識が急激に高まりました。

その後、福島原発事故に関する政府調査報告書でも「官房長官に的確な助言をすることのできるクライシスコミニュケーションの専門家を配置するなどの検討が必要」(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会「最終報告」、2012年)と明記されました。今やクライシスコミュニケーションは、組織の運営に欠かせない考え方として定着しつつあります。

 

現在、私は企業のコンサルティングを中心に行っていますが、学校で対応に苦慮する事件事故が発生した場合にも、マスコミ対応や保護者会運営のための支援をしています。

私が危機管理に関心を持つようになったのは、映画製作の現場です。十分準備をしていても何かしら毎日トラブルが発生する中で撮影しなければ予算がオーバーしてしまう、そんな危機の現場で毎日を乗り越えるのに必死でした。また、二人目の子供を妊娠した際に給料を払わなかった会社を提訴し、臨月のお腹で地裁に一人で通わなければならない事態に陥りました。この経験から個人においても危機管理が必要だと実感し、リスクマネジメントを本格的に学ぶ決意をしたのです。

学校に関しては、2005年から2010年まで、つくば市にある教員研修センター(現・独立行政法人教職員支援機構)でリスクマネジメントの研修、トレーニング講師を務めました。この間に私と接触した先生方は約5000人ほどになると思います。本書の読者の中にもいるかもしれません。子供は二人育てましたので15年ほど保護者として関わりを持ってきました。記者会見をするための準備やトレーニング支援したこともありますし、反対に保護者として先生方にお世話になったこともあります。

2012年から2016年は教育委員を務め、就任直前には大津のいじめ問題、在任中は食物アレルギー事故を経験し、教育委員会制度改革の渦中にも身を置きました。教育委員会のよさと同時に組織としての課題も目の当たりにして考えざるを得ない機会も持ちました。

これらの危機管理広報分野のコンサルティングやトレーニング、学校との接点を通じて蓄積してきた経験をまとめることで学校におけるクライシスコミュニケーションを定着させたいと思い、『月刊教職研修』で2016年から連載を開始しました。本書は、その連載を基軸として、学校で危機的状況に陥ったときに「どう対応したらいいかわからない」と迷わないように、実際の失敗や成功事例を踏まえ、適切なクライシスコミュニケーションの考え方と手法について加筆修正してまとめました。

先生方には、危機的状況下でも適切な言葉で説明すれば、報道機関を通じて学校の抱えている問題を社会全体で考え、改善させていくきっかけになると考えていただければ幸いです。そのためのヒントが本書にあります。キーワードは、小さなことでも危機感を持つこと、そしてそれを一人で抱え込まないことです。困ったことを大騒ぎして語る勇気が時代をよりよい方向へと進めていくと私は信じています。

アマゾン他本屋ECサイトで購入可能です。

内容詳細は教育開発研究所サイトに記述されています。

https://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/bookstore/products/detail/520

 

第15回日本広報学会賞 教育・実践貢献賞受賞

推薦コメント:日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 荒木洋二理事長

学校改革の道標となり得る良書だ。「危機対応」を切り口にしているが、一般的なマニュアルとは一線を画す。企業の手法を当てはめただけの空論でもない。
著者は企業の危機管理広報の専門家だ。全国の教員へのリスクマネジメント(以下RM)の研修講師も務め、5,000人の教員と接してきた。同時に2人の子どもを持つ親、PTAに関わる保護者、教育委員会の委員として学校と深く関わってきた。「ハインリッヒの法則」の300の潜在的な異常を「おかしい」「変だな」という言葉に変えるなど、内容は極めて実践的だ。自らも関わった小学校での事例は、映像が浮かぶほどの臨場感に圧倒された。
著者の視点は常に冷静だ。批判や非難でなく、暖かい眼差しを学校現場に注いでいる。軸もぶれない。誰を守るのか。なぜ危機が起きたのか。なぜ記者会見を開くのか。何度も本質に立ち返ることを促す。
本書はRMの国際的な規格「ISO 31000」にも触れる。教育現場へのRM普及にも資する一冊だ。

 

石川慶子受賞挨拶 2020年10月3日

この度は、教育・実践貢献賞の授与、誠にありがとうございました。
受賞にあたり、広報学会での活動を振り返り、感謝の気持ちを述べたいと思います。
私が広報学会会員になったのは、2002年頃でした。
ちょうど二人目出産を終え、広報の仕事はやめて違うことをしようかと思っていたころです。当時は目の前の仕事をするのが精いっぱいで限界を感じていたからです。
その時、ふと、広報について体系的に学んでみようと考え、広報学会に入ることにしたのです。広報学会では、CSR研究会に入り、故人となられた猪狩先生から広報の歴史についてたくさん教えていただき、とても刺激になりました。会員の皆さんとの討議では、ネガティブ情報の取り扱い、企業姿勢についても考える機会が多くありました。討議を通じて広報の仕事に誇りを持てるようになりました。
同時に危機管理にも関心を持ちました。極めて個人的な体験からですが、臨月で裁判所に行って好きだった会社を訴える局面に立ち「なぜこんなことに、なぜ回避できなかったのか」と思ったのです。そこで、日本リスクマネジャー&コンサルタント協会で72時間学び、シニアリスクコンサルタントの資格を得ました。こうして広報とリスクマネジメント2つの柱で広報プロの道を突き進んできました。
学校の危機管理に関わるのは2005年からです。きっかけは、2004年ダイヤモンド社から出版した拙著「マスコミ対応緊急マニュアルー広報活動のプロフェッショナル」です。これを読んだ教員研修センターの方が「これからの時代、学校は説明責任を果たさなければならない。その方法がここに書かれている」とおっしゃってくださり、2010年まで毎年約1000人の先生方に実践演習を提供しました。
ダイヤモンド社の本は企業向けでしたので、いつかは学校向けにまとめたいと考えましたが、実現するまで16年もかかってしまいました。その間、コンサルタントとしてだけではなく、保護者として、地域代表PTA会長として、教育委員として学校の危機に関わってきたことを考えると必要な時間だったのかもしれません。
広報学会皆さんとの討議があったからこそ、この度の受賞がかなったと思っています。これまで一緒に議論してくださった皆様に心から感謝申し上げます。これからも実務に役立つ研究を進めていきたいと思います。
この度はありがとうございました。

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