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自治体に必要な危機管理広報

月刊地方自治 職員研修 2015年12月号掲載

自治体「不祥事」の研究特集にて

「危機管理広報~クライシスコミュニケーションのすすめ~」

http://www.koshokuken.co.jp/chihoujichi/kenshu4812.html

広報コンサルタント/日本リスクマネジャー&コンサルタント協会理事 石川慶子

 

ダメージを最小限に抑える

リスクマネジメントが危機の予測と回避を目的としているのに対し、クライシスマネジメントは危機発生時のダメージを最小限に抑えることが目的となる。しかし、発生直後は当事者でさえ何が起こっているのか情報を正確に把握できないことが多い。ここで役に立つのが「危機管理広報」の考え方と手法である。何を守り、誰に対して何を伝えるのか。方針を明確にすることで事態を収束させていくことができるからである。

「危機管理広報」とは、危機が発生した際に組織内外の関係者(ステークホルダー)に対し適切なコミュニケーションをする活動である。「説明責任を果たす」と言い替えるとわかりやすいかもしれない。誤解や信頼失墜を防ぐことを目的としており「クライシス・コミュニケーション」とも呼ばれている。

ここで失敗すると、人々の不安や不快感、不信感を増大させ、事態の収束どころか報道が加速していく。失敗の典型的な現象としては、起こしたことそのものよりも対応や向き合う姿勢が悪いといって批判される点である。例えば、現在何をどうしているのかわからない、記者会見のタイミングが遅い、トップが説明しない、方針がわからない、説明がわかりにくい、服装がその場に相応しくないといったことである。

 

目の前の世論と向き合う

クライシス・コミュニケーションとは、広報業界においては、100年以上の歴史があり、専門性の高い領域として認識されている。近代PRの父アイビー・リーが米国でPRコンサルタント会社を設立して最初に評判を高めたのがこの活動である。彼のクライアントだった鉄道会社で事故が起こった際に、会社は「従来の慣例に従って」この事故を隠蔽しようとしたが、彼はそれをやめさせて新聞記者を現場に連れて行き、状況を説明し、取材をさせることで、鉄道会社の評判を上げた。以来、クライシス・コミュニケーションの基本は隠蔽せずに説明責任を果たす活動として確立してきた。このエピソードの教訓は、従来の慣例や法律といった枠にとらわれず、目の前の世論に向き合うことだといえる。

福島原発事故の報告をまとめた政府事故調(2012年7月23日発表)では、「広報の問題とリスクコミュニケーション」の項目の中で「広報の仕方によっては、国民にいたずらに不安をあたえかねないこともあることから、非常時・緊急時において広報担当の官房長官に適切な助言をすることのできるクライシス・コミュニケーションの専門家を配置するなどの検討が必要である」と提言されている。危機発生時には要となる役割だ。

 

初動三原則

組織における「広報」とは、「Public Relations(パブリック・リレーションズ)」を翻訳したもので、理解、信頼、好感の3つを獲得することで社会と良好な関係作り、組織の存続を目指す活動である。広報・PRの理念には、「事実の説明」「双方向コミュニケーション」「人間的表現」「公共性の重視」が掲げられており、危機時における説明責任もこの理念を軸とする必要がある。なお、この理念は「行政広報論」著者井出嘉憲氏が提唱したものだ。

クライシス・コミュニケーションは奥が深いが、行動はシンプルに覚えた方がよい。危機発生時から24時間以内の初動三原則としてSPPを勧めている。SPPとは、S=Stakeholder(ステークホルダー)、P=Policy(ポリシー)、P=Position Paper(ポジションペーパー)である。

 

被害者を見失わない

対策本部を立ち上げたら、被害者、一般市民、関係団体、職員、ネットユーザー、マスコミ、関係省庁、警察を含めたすべての関係者(ステークホルダー)を洗い出し、マップ化し、対応や連絡の優先順位を決める。被害者が誰で、被害者を増やさないことを目的とした情報発信をするためである。

動きの早いマスコミへの対応をしていると優先順位の高い被害者や内部関係者への連絡が漏れてしまう。例えば個人情報流出の場合、被害者に謝罪する前にマスコミ発表してしまう、被害者に話していないことを先に電話をかけてきた記者に話してしまう、といったことは優先順位の間違いである。

 

方針を明確にする

いつどのような形で公表するのか、記者会見を開くのか、開かないのか、個別対応とするのか。ウェブサイトでのコメントのみか。記者会見開く場合にはいつ開くのか、何回開くのか、誰が説明するのか、単独か共同か、どのような報道を成功イメージとして持つのか。

警察の捜査が入っている場合には、ほぼ同時にマスコミも知る。対策会議で情報収集する前に、マスコミからの問い合わせがあったらどうするのか対応方針を決めておく。

一般的にはネットでの炎上や噂の広がりに対しては、自社サイトで事実関係のコメントを発表することで事足りる。理由は、噂を拡散している人もその情報を見ている人もネットユーザーであり、最重要ステークホルダーはネットユーザーと判断することができるからだ。

デマの場合には情報は積極的に出していく必要がある。オルポート&ポストマンの「デマの心理学」によると「流言の量は問題の重要性と状況の曖昧さの積に比例する。流言=重要さ×曖昧さ」。一刻も早く曖昧な状況をなくすことを目標に置くべきであろう。

 

説明責任を果たす

起こった事実を客観的視点で説明し、どう取り組んでいるのか姿勢や見解を示す文書を「ポジションペーパー」という。「公式見解書」「統一見解」ともいう。説明責任を明確にする最重要文書である。自社サイトへの掲載、報道関係者やその他の関係者に配布する。記者からの想定質問を考えながらまとめると、十分な情報を盛り込むことができ、質問を減らすことができる。

内容は5つの項目でまとめると収束しやすい。事実関係、経緯と現状説明、原因、再発防止策、見解。タイトルは「○○の事態について」あるいは「○○についてのお詫び」とし、最初に概要と組織姿勢を見せるためのリード文を入れる。ここが最も重要な部分で、状況説明とするのか、被害者への謝罪、自らへの反省の言葉、信頼失墜への市民へのお詫び、断固とした憤りの姿勢、責任表明、前述した方針に沿って文章を構築する。職員や組織不祥事の場合には、最初に市民からの信頼を失墜させたことをお詫びする文章を入れることで文章全体の印象がよくなる。

事実関係は5W1Hでまとめる。発覚時から現在までどのような行動を起こしてきたのか。原因調査の体制、組織として反省すべき点は何か。昔と異なるのは「○○がミスをした」と個人の責任にすると印象が悪くなることは肝に銘じておきたい。個人のミスであっても組織としての管理責任を問われる時代になっているからである。

再発防止策は、「再発防止に努めます」といったありきたりな表現ではなく、具体的な記載がある方が反省や意欲をより強く伝えることができる。見解は、関係者の処分や責任表明、反省の言葉や再発防止の決意を記載する。

 

実際のマスコミ対応

クライシス・コミュニケーションは記者対応だけではないが、報道の影響力が大きいことから、対応能力を身につけることは誤報や信頼失墜を避けるためにも重要だ。

彼らのミッションは、背後にいる市民の「知る権利」に奉仕することであり、報道することだ。情報が手に入らない、締切に追われていれば自ずと殺気立つ。批判や責任追及も仕事としてやっていることだと理解した上で、自分達の方針を明確にして対応すればよい。ここで大切にすることが見えていないと総崩れになる。

「もし違っていたら、・・・・」(仮定の質問)、「つまり、・・・・に問題があったと理解していいか」(結論への誘導)、「どう責任を取るのか」(責任追及)といった典型的なパターンには的確にコメントできるようにしておく必要がある。「よくあることだから」「本人のミスだから」「そこは想像に任せる」といった他人事、かつ曖昧なコメントはNGワードであり、信頼をさらに失うことになる。

 

忘れてはいけない外見リスク

正確な言葉を使っても相手に思うようには伝わらない。心理学の世界では、外見や声の調子の方が相手に対するメッセージ力があるとされている。外見が55%、声の調子が38%、言葉が7%。カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学教授アルバート・メーラビン氏がコミュニケーションに関する研究を行った結果である。

外見とは、姿勢、態度、視線、表情、ゼスチャー、服装の全てを含む。猫背で目線が下であれば自信がないように見える、顎を突き出せば傲慢に見える、大柄やストライプのネクタイ、ボタンダウンのシャツは公式感に欠ける。自分がどう見られているのか、外見リスクマネジメントの発想が必要だ。印象管理(impression management)の研究事例もあるほどだ。

昨今の注目を浴びる記者会見はマスコミ報道される前にユーチューブで配信されてしまう。今はダイレクトに一般市民に伝わってしまう時代である。記者会見は歴史に残る公式な舞台である。気持ちを表現する外見にも気を配る必要があるだろう。

 

メディアトレーニングの定着を

記者からの辛辣な質問を的確にさばき、信頼とよい印象を与えることでダメージを最小限にする訓練を「メディアトレーニング」という。模擬インタビューや模擬記者会見を実施し、ビデオカメラに映し出される自分の姿を見ることで改善を進めていく。

米国では、大統領選でニクソンとケネディがラジオ討論とテレビ討論で結果が逆転したことから、イメージ向上のために必要性が認識された。日本においては、食中毒事件の際トップが報道陣に囲まれる中「俺は寝てないんだ」発言をきっかけに、危機管理広報の中でニーズが高まった。

メディアトレーニングは、平時のイメージ向上と危機管理広報の両面でその役割を果たすが、米国ではブランディング重視、日本ではリスクマネジメントでのニーズ、と発展のきっかけが違うのは国民性を反映しているようで興味深い。

10年以上に渡り、グループワークショップも含め約4000人以上のメディアトレーニングを実施してきたが、行政職員の場合の課題は何といっても「表現力」である。わかりにくい行政用語、書類ばかり見て記者席を見ない、不祥事会見の場でありながら笑顔で対応してしまう。ビデオカメラの中の自分を見て愕然とする人は多い。

クライシス・コミュニケーションの基本スキルを身につけ、記者とその背後にいる市民に説明責任を果たせる管理職が多数輩出できれば、市民から信頼は得られ、良好な関係が構築できる。危機時だけでなく平時でも役立つだろう。管理職の必須研修として定着することを期待したい。

 

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