メディアトレーニングのプロフェッショナル
外見リスクマネジメント提唱

logo

mail

お問合せ

03-5315-7534(有限会社シン)

03-6892-4106(RMCA)

ペンの絵 マスコミ発信活動

危機管理広報~何を守り、誰に何を伝えるのか~

月刊金融ジャーナル 2015年5月掲載

「危機管理広報~何を守り、誰に何を伝えるのか~」

広報コンサルタント/NPO法人日本リスクマネジャー&コンサルタント協会理事

リスクマネジメントが危機の予測と回避を目的としているのに対し、クライシスマネジメントは危機発生時のダメージを最小限に抑えることが目的となる。しかし、発生直後は当事者でさえ何が起こっているのか情報を正確に把握できないことが多い。ここで役に立つのが「危機管理広報」の考え方と手法である。何を守り、誰に対して何を伝えるのか、の方針を明確にすることで事態を収束させていくことができるからである。

 

初動三原則

「危機管理広報」とは、危機が発生した際に、組織内外の関係者(ステークホルダー)に対し適切なコミュニケーションを行う活動である。誤解や信頼失墜を防ぐことを目的としており「クライシス・コミュニケーション」とも呼ばれている。このダメージコントロールを失敗すると、人々の不安や不快感、不信感を増大させ、顧客離れ、売上ダウン、最悪は倒産にまで至ることもある。失敗の典型的な現象としては、起こしたことそのものよりも起こしたことに対する企業姿勢が批判される点である。最近の事例では、マクドナルドが異物混入事件で、1月14日に7日の記者会見での表現を詫びる文書をウェブに掲載している。

福島原発事故の報告をまとめた政府事故調(2012年7月23日発表)でも、「広報の問題とリスクコミュニケーション」の項目の中で「広報の仕方によっては、国民にいたずらに不安をあたえかねないこともあることから、非常時・緊急時において広報担当の官房長官に適切な助言をすることのできるクライシス・コミュニケーションの専門家を配置するなどの検討が必要である」と提言されている。

広報業界においては、100年以上の歴史があり、専門性の高い領域として認識されている。近代PRの父といわれているアイビー・リーが米国でPRコンサルタント会社を設立(1904年)して最初に評判を高めたのは、このクライシス・コミュニケーションであった。彼のクライアントだった鉄道会社で事故が起こった際に、会社は従来の慣例に従ってこの事故を隠蔽しようとしたが、リーはそれをやめさせて新聞記者を現場に連れて行き、状況を説明し、取材をさせることで、鉄道会社の評判を上げた。*1以来、クライシス・コミュニケーションの基本は隠蔽せずに説明責任を果たす活動として確立してきた。このエピソードの教訓は、従来の慣例や法律といった枠にとらわれず、目の前の世論に向き合うことだといえる。

組織における「広報」とは、「Public Relations(パブリック・リレーションズ、略称:PR)」を翻訳したもので、理解、信頼、好感の3つを獲得することで社会と良好な関係作り、組織の存続を目指す活動である。広報・PRの理念には、「事実の説明」「双方向コミュニケーション」「人間的表現」「公共性の重視」が掲げられており、危機時における説明責任もこの理念を軸とする必要がある。

具体的には何をすべきか。危機発生時から24時間以内の初動三原則としてSPPを勧めている。SPPとは、S=Stakeholder(ステークホルダー)、P=Policy(方針)、P=Position Paper(ポジションペーパー)である。

 

初動1:ステークホルダーを把握する

対策本部を中心に、被害者、一般顧客、取引先、社員、ネットユーザー、マスコミ、関係省庁、警察を含めたすべての関係者(ステークホルダー)を洗い出し、マップ化し、対応や連絡の優先順位を決める。被害者が誰で、被害者を増やさないことを目的とした情報発信をするためである。

マスコミ対応をしていると優先順位の高い被害者や内部関係者への連絡が漏れてしまう。例えば個人情報流出の場合、被害者に謝罪する前にマスコミ発表してしまう、被害者に話していないことを先に電話をかけてきた記者に話してしまう、といったことだ。ただし、個人情報も流出規模が大きい場合には、注意喚起を目的に先に記者会見で公表するといったケースもある。食中毒や毒物混入などがこれにあたる。

社員が人質やテロに巻き込まれた場合には、企業側は被害者になり、最大のステークホルダーは敵となる。情報発信においては敵に有利な情報を与えないことを目標とする。

デマによる取り付け騒ぎの場合、銀行が被害者になるが、取り付け騒ぎに巻き込まれた顧客も被害者であり、彼らの行動を止めることが最大の目標となる。発信源が明らかにならない場合には見えない敵に対してであっても刑事告訴の方針を立てることで企業姿勢を見せることができる。いずれにせよ、ステークホルダーの洗い出しによって被害者や自社のポジションを明確にでき、誰に意識をむけるべきか共通認識を形成することができる。

 

初動2:ポリシーを明確にする

いつどのような形で公表するのか、記者会見を開くのか、開かないのか、個別対応とするのか。ウェブサイトでのコメントのみとするのか。記者会見開く場合にはいつ開くのか、何回開くのか、誰が説明するのか、単独か別組織と共同がいいか、どのような報道を成功イメージとして持つのか。

警察の捜査が入っている場合には、ほぼ同時にマスコミも知る。対策会議で情報収集する前に、マスコミからの問い合わせがあったらどうするのか対応方針を決めておく必要がある。

一般的にはネットでの炎上や噂の広がりに対しては、自社サイトで事実関係のコメントを発表することで事足りる。理由は、噂を拡散している人もその情報を見ている人もネットユーザーであり、最重要ステークホルダーはネットユーザーと判断することができるからだ。2013年に起きたローソンアイス冷蔵庫事件は、店員が冷蔵庫に入った事件だが、広がったのは写真を掲載したネットであった。ローソンは翌日にはコメントを出し、事態は収束に向かった。

デマの場合には情報は積極的に出していく必要がある。オルポート&ポストマンの「デマの心理学」によると「流言の量は問題の重要性と状況の曖昧さの積に比例する。流言=重要さ×曖昧さ」。一刻も早く曖昧な状況をなくすことを目標に置くべきであろう。

誰が会見を開くかで影響力は変わってくる。1973年に起きた豊川信用金庫とりつけ騒ぎでは、大蔵省東海財務局長と日本銀行名古屋支店長が連名で同信金の経営保障をする、としたことが奏効した事例もある。公的組織と共同で会見をする、あるいはプレスリリースを出すことで公共性が高まり、事態収束に一定の役割を果たすことは間違いない。

 

初動3:ポジションペーパーを作成する

起こっている内容を客観的視点で説明し、どう取り組んでいるのか姿勢や見解を示す文書を「ポジションペーパー」という。「公式見解書」「統一見解」ともいう。説明責任を明確にする最重要文書である。自社サイトへの掲載、報道関係者やその他の関係者に配布する。

内容は5つの項目でまとめると収束しやすい。事実関係、経緯と現状説明、原因、再発防止策、見解。タイトルは「○○の事態について」あるいは「○○についてのお詫び」とし、最初に概要と組織姿勢を見せるためのリード文を入れる。ここが最も重要な部分で、状況説明にするのか、被害者へのいたわりの言葉にするのか、自らへの反省の言葉とするのか、信頼失墜へのお詫びにするのか、断固とした憤りの姿勢にするのか、責任表明とするのか、前述した方針に沿って文章を構築する。

事実関係は5W1Hで簡潔にまとめる。経緯は組織として把握した時点から現在までどのような行動を起こしてきたのか。原因はわからない状況の場合には、どのように原因を調査しようとしているのか、経緯と共に記載し、原因を調査中であっても組織として反省すべき点を記載すると事態の収束はしやすい。昔と異なるのは「○○がミスをした」と個人の責任にすると印象が悪くなることは肝に銘じておきたい。再発防止策は、「再発防止に努めます」といったありきたりな表現ではなく、具体的な記載がある方が反省や意欲をより強く伝えることができる。見解は、関係者の処分や責任表明、反省の言葉や再発防止の決意を記載する。自分たちが被害者の場合には、断固とした憤りの姿勢にすることもある。

 

忘れてはいけない外見リスク

正確な言葉を使っても相手に思うように気持ちが伝わらないことがある。心理学の世界では、外見や声の調子の方が相手に対するメッセージ力があるとされている。外見が55%、声の調子が38%、言葉が7%。カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学教授アルバート・メーラビン氏がコミュニケーションに関する研究を行った結果である。外見とは、姿勢、態度、視線、表情、ゼスチャー、服装の全てを含む。猫背で目線が下であれば自信がないように見える、顎を突き出せば傲慢に見える、大柄のネクタイやレジメンタルタイ、ボタンダウンのシャツは公式感に欠ける。

昨今の注目を浴びる記者会見はマスコミ報道される前にユーチューブで配信されてしまう。以前はマスコミがどのような報道をするかに注力をしていたが、今はダイレクトに一般顧客に伝わってしまう時代である。カメラを通して自分を客観視する「メディアトレーニング」である程度の改善ができる。記者会見は歴史に残る公式な舞台である。気持ちを表現する外見の在り方にも気を配る必要があるだろう。

 

*1「広報・パブリックリレーションズ入門(猪狩誠也編集 宣伝会議 2007年)

記事をシェアする

関連記事一覧