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「広報研究」(日本広報学会 2014年3月発行)掲載原稿
広報学会 第19回研究発表大会パネル・ディスカッション
「レピュテーション・マネジメントにおける広報課題」
広報コンサルタント 石川慶子
 
キーワードは、理念、社員、ぶれないこと社員の佇まいが1つ1つの物語となり、
溢れ出す時奥深いコミュニケーションが始まる

今回のパネリストは、トヨタ自動車の小西工己氏、日本航空の溝之上正充氏、日本HP社の本田光広氏、評判作り研究会の橋爪清氏、東洋大学の井上邦夫氏、以上5名。ファシリテーターは、2010年から2年間、本学会でレピュテーション研究部会主査を務めた私、石川慶子が担当した。以下に各パネリストによるプレゼンでの主張とその後の討議内容についてまとめる。
 井上氏は、レピュテーションの定義、ブランドとの違いについて、言葉の持つ本来の意味に立脚しながら論じた。「イメージが積み重なり、思考を重ねた上でレピュテーションは形成される、イメージは変わりやすいが、レピュテーションは組織に根付いたものだから簡単には変化しないし、『企業の正しい姿』『本質』に迫るものである。レピュテーションはアイデンティティが確立しないと構築できない。ブランドとの違いを考える場合には、ステークホルダーを分析するとわかりやすい。ブランドは、株主や顧客など経済的利害関係者となる一次ステークホルダー重視であり、レピュテーションは、直接には経済的利害関係のないNPOや政府といった二次ステークホルダーまで意識する必要がある。その理由は、ブランドとは、何らかの経済的付加価値、ブランド・エクイティを包含する概念である一方、レピュテーションは、経済的価値だけでなく、社会的な評判や名声を包含する概念だからだ」
日本HP社の本田氏は、理念、社員、レピュテーション、業績を1つの流れの中で論じた。「レピュテーションとは、『よい会社ですね』と言われること。当社は有力なブランド企業として認知されているが、ここ3年ほどの評価は概して厳しい。理由は業績不振に端を発する経営の迷走と株価の低迷であるが、企業理念をおろそかにしてないか、といった反省の声も上がり、業務改善の1つとして、『HP WAY NOW』プログラムをスタート。現在は、企業理念再構築と社員への浸透として、HPらしさへの共感、社員による体現に力を入れている。企業理念を軸とした『社員の振る舞い』があってこそ、レピュテーションは向上するからだ」
日本航空の溝之上氏は、2010年の経営破綻を経て経験した変化を切り口に論じた。「新しい企業理念は『全社員の物心両面の幸福を追求』。この理念については、破綻して多くの関係者に迷惑をかけた企業の社員が幸せを第一に掲げていいのかといった議論があったが、従来のような総花的理念では社員は誰も覚えない、再生に向けて社員が一体化する必要がある、との意見にまとまり、結果として稲盛会長の経営理念を反映したシンプルでわかりやすい言葉に変わった。理念浸透は、行動指針としてのJALフィロソフィーを中核にした。SNSでは、実名、顔出し、長文、によって、以前の『官僚的』『顔が見えない』という批判からの脱皮を図った。ネガティブ情報についてはありのままの状況を全て出し、批判にも耳を傾ける組織に変化しようとしている」
 トヨタ自動車の小西氏は、語り継ぐ企業文化からレピュテーションの姿を論じた。「売上規模は22兆円規模であり、期待が大きいと同時に批判の対象にもなる。2009年~2010年にかけて起きた大規模リコール時に、会社としては、最初に①嘘はつかない、②お客様のせいにはしない、と2つの方針を掲げた。その後、2011年の米運輸省の最終報告では、トヨタの電子制御装置に欠陥はないと発表された。批判の嵐が吹く中でも信念を貫けば結果がついてくる。先輩から後輩に語り継がれる言葉が社員を支え、その社員の佇まいがレピュテーションを形成する」
評判づくり研究会の橋爪氏は、PR会社として外部から支援する場合の考え方を具体的事例で解説した。「評判づくりは、特定されたテーマから展開できるレピュテーションで、継続発展させることで全社的なレピュテーションに繋がる。評判づくりの基本は共感者を創り、育て、拡げること。そのポイントは①社会的視点で際立つ『らしさ』を発見しコンセプトを開発、②コンセプトに最も共感性の高いコア・ターゲットを特定し、③彼らがコンセプトをリアルに実感できる『共感の場』(イベントなど)を仕掛け、④ダイレクトコミュニケーションを中心に、⑤影響力のある団体との組織的コミュニケーション、⑥パブリシティ・WEB・広告などのメディアコミュニケーションを立体的かつ継続的に展開すること」。

レピュテーションの正体は?
社員が体感し、その中に蓄積され、溢れていくものではないか

石川「3つの観点から討議を進める。第一の論点は、レピュテーションの正体。第ニの論点は、マネジメントできるのか。第三の論点は、ブランドの違い。最初にお互いのプレゼンを聞いて感じたことについてコメントをいただきたい」
井上氏「共通しているのは企業の本質。表現は違うが、核となるものを認識していると感じた。アイデンティティだと再確認できたことは嬉しい」
本田氏「社員が振舞い、行動して作られるのだと感じた。毎年繰り返し教育していることが沁み込んでいくものだと感じた」
溝之上氏「理念と社員を軸に据えたことは他社の事例を見て方向性は間違っていないと自信をもつことができた」
橋爪氏「各社とも創業者の想いや教えを大事にして、温故知新を図っていると感じた」
小西氏「キーワードは感謝だと感じた。全ての活動の中にステークホルダーへの感謝を忘れないことだと感じた」
 
会場からの意見と質問その1。「レピュテーションが企業理念と深く関わるものだと理解した。企業理念、経営理念、コーポレートブランドの言葉の用い方の違いについて確認したい。社歴の長い企業は創業者理念を重視する傾向も見えた」。
本田氏「企業理念は基本的に変わらないもの。経営理念は、私達の会社では、会社の目的という。これは5年から10年で変わっていく。今だと、貢献や成長、収益といったものだ。ブランドはもっと変化が早く、2,3年で変わっていく。HP社は、人材輩出企業ではあるが、シリコンバレーでは古い。シリコンバレーで元気がいい会社は創業者がまだ現役のため、明文化されたものがなくてもその経営者の価値観で全社員が動く。HP社も10年前までは、創業者の薫陶を受けた幹部がたくさんいた。その後、M&Aを繰り返したことで創業者を知らない社員が増えてきた。そうすると共通の価値観やルールがなくなってくる。創業者の理念がないと会社はまとまらない。東海岸の伝統的優良企業は企業理念を重視し続け創業者が生存していなくとも着実に収益を上げている。こう考えると、今の当社は永続する企業になるための転換期かもしれない」
 小西氏「豊田綱領は会社の経営理念であってこれは永久に変わらない。それとは別に10の心構えとして、当事者意識、感謝、質実剛健といったものがある。ビジョンというのもある。これは5年から10年単位で更新されている。2011年3月9日に出したグローバルビジョンは、『笑顔のために。期待を超えて。』青臭いかもしれないが、ビジョンは数値ではない。会社が大海原でどこに行くのか考え方を示すものだ。よい車を作る、売れたら皆の役に立つ、結果として安定的な経営基盤を作ることにつながる、ということだ」(ここで小西氏は業務で退出)
 
会場からの意見と質問その2。「レピュテーションの定義を再確認したい」。
石川「現場感覚での表現をパネリストから紹介していただきたい」
本田氏「『ありがとう』という言葉になるのではないか。HP社の取り組みとして『ブランドアンバサダー』がある。社員が語る形、例えば、雑誌に寄稿する、外部で講演する、といった会社の代表者になる場面を増やす活動がブランドアンバサダー。そうすると社員一人一人が、自ずとどうゆうことを社会から期待されるかわかるようになる。これがレピュテーションにつながっているかもしれない。」
溝之上氏「わが社でいえば、選好性調査の結果か。これをあげることがレピュテーションをあげることかもしれない。現在、選好性を高めるための具体的施策について全社的な取り組みを検討・実施しているところ。」
橋爪氏「褒められる社内文化を創ること。あるホテルのケースだが評価向上のためにいくつか提案した。その1つが『手のひらに真心こめて』というスローガン。正社員であれ派遣であれ、フロント、ウエイター、ベルボーイなどお客様に接するスタッフが同じ概念でお客様に接することにした。自分の足りない部分を考え目標を立て実行に移してもらった。誰かが誉められ始めると他のスタッフに良い影響を与え、徐々にサービスの本質を考える機運が生まれ各種印刷物の見直しまで発展した。身近なところから誉められる社内文化を創ることがレピュテーションの基本だと思う」。

レピュテーションはマネジメントできるのか
企業としての核を決め、社員への浸透を図ることではないか

第ニの論点は「レピュテーションはマネジメントできるか」。
溝之上氏「レピュテーションを上げるのは大変だが、ネガティブな情報が入るとすぐに落ちる。全体マネジメントはなかなか難しい。個々の社員がレピュテーションを意識しながら地道に取り組むしかないのではないか」
本田氏「一連のキャンペーンとして展開する場合には、マネジメントしなくてはならないが、どこの部署がレピュテーションのマネジメントを引っ張っていくのか、という悩みが出てくる」
井上氏「マネジメント出来るかどうかというよりも、意識しなければといけないもの、という考え方だ。一般的には、他人が作るものだと考えてしまいがちだが、違うと思う。会社としては、どのようなレピュテーションを築きたいのか、核となるものを定めることが必要で、そうするとそれに相応しい評判があってしかるべきだ、となる。一方的に作れるものだと思うのはよくない」
 
会場からの意見と質問その3。「企業理念を社員に浸透させることがレピュテーションにつながるといえることはわかった。この社員重視の背景には、雇用形態の変化や広がりでダイバーシティな社員が増えていることがあるのではないか。マネジメント、あるいは育むといった視点に立った場合、具体的に社員にはどう浸透させるのか」
溝之上氏「JALでは、破綻後、JALフィロソフィーの浸透に力を入れてきた。正社員や契約社員、関連会社社員といった雇用形態が異なる社員、またパイロットや客室、整備、間接といった様々な職種の社員が教育や研修の場で集まり、青臭い議論を堂々としているが、その議論を通して、隣の人が何を考えているかわかるようになってくる、そればお互いの信頼構築になる。今までは職種形態別に大きな壁があったが、この活動を通して、壁は確実に低くなっているように感じる。経営理念を浸透させる取り組みが社員のマネジメントになり、レピュテーションにつながっているように感じる。」

ステークホルダーをどう捉えるのか
目先の印象ではなく、軸を決め、中長期的視点で考えること

会場からの意見と質問その4。「株主を重視すると株価を上げるために人員削減をする必要があるが、社員重視ならその選択はない、このように二律背反となってしまう。ステークホルダーの優先についてどうするのか、レピュテーションの視点で考えるとどう整理されるのか」
井上氏「株主にとっては株価が重要だが、長期的にみて価値を生み出す力があるかどうかが大切だ。例えば、A銀行はひどい窓口対応でB銀行は非常によい対応だった場合、どっちに預金するかを考える際、不快な印象をもったA銀行に預金をしたとしたら、その際の判断は何か、印象の悪さを打ち消すだけの何らかの判断基準があったはずだ。財務の健全性、社会貢献活動しているとか、一時の印象に左右されないものがレピュテーション。奥深い部分にある認識と区別すべき。目先の印象をよくするような活動を広報部がしているとぶれてしまう。どのステークホルダーにもよいことを言ってしまうと矛盾が生じてきてしまうと信頼は醸成できない。そこで広報部としては、何を訴求していくのかメッセージを決めなくてはいけない」
本田氏「株主に向くのか消費者に向くのかといった問題はまさにトップの覚悟だ。当社のCEOは、『しばらく好業績は期待できない』とアナリストミーティングで言い切ったことがあった。期待値が適正されるから騒がれない。トップの肝が据わるとコミュニケーションしやすい。私達はプロアクティブという言葉を使う。決めるのは幹部で実現するのがコミュニケーションチームだ。」
溝之上氏「以前は株主を最重要視していた時期もあったが、今は軸を社員と企業理念の実現に置いている。軸足が決まるとトップはぶれない。トップがぶれないと私達もぶれない。社員は大切にされていると感じると、会社を好きになり、ベクトルが合う、力が出てくる、よいサービスができる、企業の収益性が高まる。こうして正のスパイラルが回っていく」
橋爪氏「各ステークホルダー間の利害を調整するのはむずかしい。情報化社会のステークホルダーの分母は市民だと認識し、市民と共感できる経営を目指すことが大切ではないか。そのためにも市民と相互学習ができる関係性を多面的に作ることが望まれる」。
井上氏「レピュテーションは広報セクションレベルではなく、トップマネジメントレベルの課題。どうゆうレピュテーションを築きたいのか育成していきたいのか、その意識がないと、小手先のコミュニケーションでは意味がない」
石川「レピュテーションをまとめるのは難しいが、今回の議論を通じて出てきたキーワードから整理すると、トップの覚悟が必要で、ぶれないこと。透明性が重要で、一人一人の社員によって体現化され、溢れ出てくるものがレピュテーションであり、それが企業らしさになるのではないか。今後も皆さんと考えを深めていきたい」。

<振り返って>

第三点目のブランドとの違いについて議論はできなかったが、レピュテーションの正体にはかなり近づけたと感じる。マネジメントについては、広報セクションの役割は明らかにはできなかったものの、トップの覚悟、肝が据わるかどうかで役割が明確になるといえそうだ。全体のまとめを通じて、青臭い議論の積み重ね、小手先のコミュニケーションではない奥深さ、といった言葉も印象に残った。「議論」「奥深いコミュニケーション」もキーワードとして付け加えたいと思う。コーネリセン氏も「かっこいいCMではなくオープンに議論するとファンになってくれる時代だ」と語っていた。理念を中心とした社員同士の議論の場を作ることが第一ハードル、その次のハードルは、消費者など外部のステークホルダーとのオープンな議論。この非常に高いハードルを越えることができる企業がレピュテーションを獲得する時代になるかもしれない。ここがブランドとの大きな違いではないか。議論があちこちで始まれば、広報セクションはそれをファリシテーションし、企業メッセージや物語として溢れさせる役割が求められるようになるだろう。